すると彼はまた複雑そうな顔をした。眉を僅かに寄せて、何かを考えるように。


忘れたい?


何故か彼自身が戸惑うように私に問い掛ける。


少しだけ、その言葉の意味を考えて、私は頷いた。


そうだね、忘れたほうが楽かもしれない。……お母さんが、先に私を捨てたんだもの。私が忘れたっていいと思わない?


胸がチクリと痛む。
先程までの記憶が私を苦しめているのは事実だ。
また、不覚にも涙がはらりと落ちた。


すると彼は眼鏡を外した。
カチャリとそれは軽快な音をたてて、まだ大きな彼の学ランの胸ポケットに仕舞われた。


首を傾げてそれを見守る。
彼が、顔を上げる。


……ミコト。


呼び捨てで呼ばれたのなんて初めてだった。
そんな固い声音で呼ばれると名前が勝手に一人歩きしてしまいそうだ。


違和感たっぷりのその言葉に私はますます怪訝な顔をした。