幼い頃の夢を見た。
まだお母さんがいた頃の夢。


『ねえ、達久のとこ遊びに行きたい』


『ふふ、美琴は達久くんのことが大好きなのね』


そう言って優しく頬を撫でる温もり。
お化粧の匂いが、心地よくて目を細めた。


『うん、だって美琴には弟いないんだもん。達久は美琴の弟なんだよ!』


『あら、達久くんは従兄弟なのよ』


『でも、美琴にとっては弟なの』


えへへ、と笑うと、お母さんはぎゅっと私の両手を握った。
いつも笑っているのに、そのときばかりは寂しそうな顔をしていた。それが、子供ながらに不思議だった。


『……羨ましいな、美琴が』


『え?』


きょとん、と首をかしげる。
するとお母さんはまるで私から顔を隠すように、ぎゅっと私の身体全部を抱きしめた。
なんだかお母さんが泣いているような気がして、泣いてないことを確かめるみたいに私もぎゅっと抱きしめ返す。


『……だいじょうぶ?』


よしよし、といつもはお母さんが私にしてくれるように背中を撫でてあげると、ますます抱きしめる手に力がこもった。


『……もう、駄目かもしれないの』


それは静かな湖面に落ちる最初の雨みたいに、ぽつんと耳に降ってきた。
そして、あの時から母はひとりで泣くことが増えていった。


だから確かにあれは、彼女の最初の雨だったんだと思う。