「達久、行ってらっしゃい、気をつけてね」


晴子さんと夕飯を一緒に作っていると、達久が外出するようだった。晴子さんが声をかけると、達久はちらりと晴子さんの方を見て頷く。
そのまま私の方を全く見ようとしない達久の後ろ姿を見送って、晴子さんに尋ねる。


「達久どっか行くの?」


「四月から塾に行ってるのよ、あの子」


「え、じゃあ高校は外部受験するの?」


うちの学校は中高一貫なので基本受験しなくても高校には進学できる。
しかし、学年で数人は外部に行くことも事実だ。彼らが早くから勉強していることは知っているから、今から塾に行くということはそういうことなのではないかと推測した。


「そうね、まだ確定じゃないけどね。隣町のね、三ノ宮高校興味あるみたい」


「へえ……」


いつの間にか、達久の前には私の知らない道が拓けていたらしい。達久が中学にあがった頃は、そんなこと口にしていなかった。


『ミコ姉と同じ学校に入れて良かった!』


合格が決まったとき、照れたようにはにかんだあの可愛い従兄弟は、どこにもいない。
……すべて壊れてしまった。


達久が悪いのかもしれないし、私が悪かったのかもしれない。そのどちらでもあって、どちらでも無いのだろう。
けれど過ぎてしまったものは元には戻らない。


あの優しいだけの関係にはもう戻れない。


その事実が今になってやっと寂しいと思った。