空色(全242話)


『お疲れー』

待機室に戻った私に美香が声を掛ける。
だけどそれどころじゃなかった。

早く顔を洗って歯を磨きたかった。
早く袋井にされた事を無かった事にしたかった。

『アユ? 何それー?』

ロッカーから出したポーチを指差す美香。

『化粧品。 もう次の指名入ってるから行くね』

それだけ答え、私はプレイルームへと向かった。

プレイルームのシャワー室。
清掃が入ったばかりなのか、まだ消毒液の匂いがした。

蛇口を捻り、お湯を出す。
とりあえずポーチに入っていた歯ブラシで歯を磨き、顔を軽く洗った。

肌がキシキシする。
指の滑りがどうも悪い。
多分、顔に着いた精子のせいだろう。

肌の違和感もポーチ内の洗顔フォームで、ようやく消す事が出来た。
口も、もう生臭くない。

シャワー室を後にし、ミニソファーで簡単にメイクを直した。

さっき泣いたからか。
すこし目が赤い。
だけど、気付かれる程じゃない。


《コンコン》

全て仕度を終えた頃。
ノック音と共に藤原が顔を出した。

『さっきと連続だけど大丈夫かな?』

『あ、はい。 大丈夫』

『じゃあ通すね』

そう返事した藤原に代わって、背の高い男の人が入る。

十和だ……

『こんばんわ』

今日は少し若い格好。
いつもの黒っぽい服でなく、紫色のチェックのシャツでお出ましだ。

『なんかイメージ違う。 いつも黒っぽい服装なのに』

藤原の足音が遠退いた事を確認し、口を開く。

『そう? どっちも私服だよ?』

普段はそうでもないけど、笑うと目が細く目尻側が下がる。

そんな笑顔にホッとする事。

自分自身で、少しずつ気付いていた。