「鷺宮財閥……?」

と、薫が私の方を見る。

「……会社をいくつも経営してる、あの有名な鷺宮グループだってば……」

声をひそめて耳打ちをすると、

「……嘘」

と、さすがに口を閉ざした。

「わかったのなら、帰れ! 二度と、この店には来るな!」

歩き去る男に、

「来るもんですか!!」

と、薫が言って、

「行こう! 冬美!」

と、手を引っ張った。

「薫ちゃん…でも、いいの…?」

「いいって!」

怒りにまかせて、大声を出して、

「あ…けど、ごめんね、冬美…。これじゃ、またこのお店に来ることができなくなっちゃうよね…」

と、申し訳なさそうにも口にした。

「ううん…いいよ、気にしないで、薫ちゃん」

笑いかけて、着いたエレベーターに入って、

もともと秋冬さんとはバーテンダーとして出会っただけなんだし、もうこれ以上なんにもなくても、それも当たり前だからとも思った。

だけど、彼に双子のお兄さんがいて、それが鷺宮財閥の御曹司だったってことは、もちろん秋冬さんの方も同じ存在なんだよね……でも、どうして、彼はお店であんな風に働いてて……。

考えたけれど、その理由はまるでわからなかった……。