「まぁ良い。ところでお主名はなんという」
何がいいのか分からないけどこの人の中では完結したらしい。
「蕾です」
「蕾……」
男は驚いたように目を丸くし、直ぐにニヤリと口角を上げた。
「そうか、お主があの……」
「陶殿?!」
後ろから驚いた声が聞こえ振り返るとそこには民部君がいた。
って、え? この人があの陶さん?!
驚いて陶さんを見ると先程と同じ意地悪な笑みを浮かべている。
「遅いではないか、民部」
「申し訳ございません。随分お早いご到着でしたね」
近づいてきた民部君は何故か少しひきつった顔をしている。
「少し見たいものがあってな。予定より早く向こうを出たのだ」
「見たいもの?」
民部君がそう尋ねると陶さんは私の方に目を向けた。
「御屋形様が娘を拾ったという噂を耳にしてな。これは是非お目にかかりたいと思ったのだが」
そこで言葉を切って私を上から下へ見た。
そしてふっと鼻で笑う。
「御屋形様が拾うほどの娘だ。どんな可憐なおなごかと期待していたのだが、このような子供だったとは。少々残念だ」
「はぁ?!」
何で初対面のこの人にこんなこと言われなくちゃいけないのよ?!
殿といいこの人といいこの時代にはデリカシーってものが無いわけ?!
「口が過ぎますよ、陶殿。今の発言では蕾様のみならず殿への侮辱ととられてもおかしくはありませんよ」
「これは失礼。そんなつもりで言ったわけではないのだがな」
ピリピリしている民部君と笑っている陶さん。
でも民部君の言う通りだ。
私のことをなんと言おうと私がむかつくだけだけど、陶さんが殿のことを悪く言うのは自分の当主に言っていると言うことだ。
それっていけないことなんじゃないの?
「蕾殿。気を悪くなされたのなら申し訳ない」
「い、いえ……」
何を考えているのか全く分からない。
陶さんは殿の部下なんじゃないの?
「ところで民部。御屋形様は奥におられるのか?」
「はい。今は自室におられるかと」
「そうか」
陶さんはそれだけ聞いてさっさと屋敷の中に入っていった。
すれ違いざま一瞬こちらを見たが、その目はやっぱり何を考えているのか分からない表情に寒気がした。