夕方。

視察も無事に終了し、社長室に戻ったさやかは見舞いから帰社した駿を見つけ、

「伊福部室長、今夜ちょっと会食とか大丈夫?」

と声をかけた。

「えっ…」

視察の担当交渉はうまく行かないわ、当日は同行ではなく創業家の対応に回るわで、すっかり梯子を外されたような疎外感をおぼえていた駿は、

「社長が行かはるような、高級な店で払えるほどの手持ちはありません」

と、こういうときには殻を割ったような言い回しをした。

本気で断るつもりであったらしい。

が。

「じゃあ、伊福部室長が行くような店に連れてってくれない?」

さやかは食い下がった。

「俺が行くような店は庶民の店で、社長が行くような高級フレンチとかよう行きしませんで」

さらに辞したが、

「私だってたまには違う店に行きたいし」

さやかは折れない。

駿は打つ手をなくしたように天を仰いだ。