駿は少し困ったような顔をしたが、

「まぁ結婚できんってのはうだつが上がらへんから、女心が分からんのでしょうねぇ」

そんなのが化粧品会社の女性社長の秘書として詰めているのはどうであろう、というような、回りくどいがやんわりとした京都人の駿らしい言い回しではある。

が。

ある意味でさやかは鈍感であったらしく、

「でも京都の支社長から、営業として優秀であることは聞いている」

確かに。

固定のルート営業なので飛び込みはないが、手堅い仕事ぶりと取引先からの高い指名率は社内では有名で、とりわけ口やかましいことで知られる祇園や宮川町のあたりでは、

「花輪屋なら伊福部さんに」

と言われたほど、駿が呼ばれる率は高かった。

「そういう優秀な社員だからこそ、秘書室長に私が指名した」

だから辞めずに励め、というようなことらしい。

「かしこまりました」

駿が少し疲れた足取りで秘書室へ戻る途中、エレベーターホールに差し掛かると、五十嵐さとみが非常階段の暗がりで泣きながら座っていた。