「欲しい? 」
ゆらりと目の前でチキン南蛮が揺れる。つやっつやのタレとタルタルソースにごくりとつばを飲み込んだ。こいつはチキン南蛮があたしの好物だって知っててこんな嫌がらせをしてくる。
「欲しいもなにも、あたしのでしょうが! 」
むかついたので、はしを持つ右手をつかんで、ぱくりとくわえた。あーおいいしいいっ。我が家のチキン南蛮はタレにくたくたに煮た玉ねぎが入っていて美味しい。
「美味しい? 」
もぐもぐ咀嚼しているので、口を開けたくない。大好物なのに、一切れしか食べられなかったんだもの。こころゆくまで味わいたい。
「あーあ。タルタルソースつけて」
ふいにぐいっと唇のはしを親指で拭われる。にやにやと笑った柊が、タルタルソースのついた親指をぺろりと舐めた。ちろりと覗いた舌の赤さが色気があってドキリとした。無駄に整った顔である柊はそういうことをすると色気がある。
でも知ってるんだから! 美容師とかってチャラい職業だから、女性のお客様にモテモテなんだって。
っていうか、つかず離れずお客さまの心とお財布をつかんでるって知ってるんだから!
「食べてるときは、いい顔するのにね」
「なによ。いつも怒らせるようなことしてるのは、そっちでしょ」
「そんなことないよ。酷いな」
顔は整っているし、ガタイだってゴツくなく、それでいてヒョロヒョロでなくバランスが取れている。
美容師だなんて、女性相手の仕事をしてるから女心だって、老いも若きもバッチリ掴んで離さない。
嫌なことを言わない、聞かない。それで言って欲しいような、甘ったるいお世辞を垂れ流すのだ。



