嫌でも身体に染み付いた恐怖が僕の身体を固めてしまう

それでも相手はたかだか人間

そう思うのに口から言葉は既に出ない有様

さっき言っておいて良かったと思う程に


「杞憂。」

「…」

「返事もできなくなったの?躾が足りなかったかな」

「…っここにおります。」


躾。その響きにすかさず声を響かせると奥のベットに座っている僕の主が再び喉奥を震わせる

この闇に溶け込んでいる目の前の人間こそが僕の主人である

のっそりとベットから下りて立ち上がる

それだけの動作に無意識のうち、身体に力が入ってしまう


「ふふっ。そう怯えるなよ」

「怯えてなど…っ」

「可愛いねえ、杞憂」

「…っ」


いつの間にか目の前に居た主人は、姿を人間の女に変えている僕の長い緑の黒髪をサラッと撫でて存在する

気配も音もなく、ただ密やかに立って…


「…っお食事は?」

「貰おう」


撫で撫でと人の頭を撫でてきながらも、その視線が僕に向くことはない

包帯で目を隠した主人は盲目である

けれどそれを感じさせない言動は僕でも恐れ入る

数千年の時を生き続けているが、こんなにも人間に対して畏怖の念を抱いたことは一度たりともなかった