翌日。俺が教室に向かうと、そこは戦場だった。
二組前の廊下は比喩表現抜きで人しか見えない。まじで。

こうなった理由は一つ。少女の評判を知った他クラスや他学年の生徒が二組に、こぞってやってきたからである。

原因はうちのクラスの二十四番…バスケ部のキャプテンでやたら口が軽いやつ…が、少女について部員に話してしまったらしい。その話を聞いた奴の又聞き、ならぬ又言いで噂が広がり、取り返しのつかないところまで来たというわけだ。

もちろん噂自体は悪いとは思わない。むしろ人の容姿を褒める事は良いことだと思う。
だがその己の行動がどういう結果に繋がるのかを、二十四番の奴も、二組に集まった奴も、もう少し考えて欲しかった。

俺はうんざりしながらため息を一つ吐いた。そして一言。

「お前ら、邪魔。入れないんだけど?」

少女を一目見ようと集まった輩は俺の容姿……金髪頭に着崩した制服
、両耳にギラギラと輝く銀色のピアス…を確認すると、一歩引いた。そしてトドメに生まれつきあまり宜しくない目つきで集団を睨みつける。

波が引いていくように、ゆっくりとだが確実に人混みが消える。
教室の扉が見える頃。時刻はもう八時四十五分を回っていた。
やることがあったから少し早めに来たのに、これじゃいつもと変わらない。
俺は肩を落としながら教室に入った。

窓際の特等席に腰を下ろすと、リュックサックから新品のミネラルウォーターを取り出し、三分の一程を一気に胃に流し込む。
すると既に前の席に座っていた少女がこちらを振り返り、目元だけでニコリと微笑み

「おはよう。廊下、すごかった。何か、あったのかな」

と、相変わらず左に首を傾けながら、無邪気にそう言い放った。

いや、流石に噎せた。思いっきり。飲んでいたミネラルウォーターが器官に入り込み、ゲホゲホと激しく咳込む。
涙が滲むほどの息苦しさを感じた。それを不思議そうに見つめる少女は、本当に俺が噎せた理由が分からないのだろう。いつもより深く首を傾げていた。
俺は涙を拭いながら、こう言った。

「相田目当ての輩じゃねえの?」

「わたし?一ノ瀬くんって、意外と、冗談が上手いん、だね」

笑いを堪えているのだろうか。手でマスク越しに口元を押さえている。俺の言葉を一ミリも信じていないようだ。
きっと食い下がっても埒が明かないと察したので俺は、よく言われる、と小さく返し、飲みかけのペットボトルの蓋を閉めた。