「俺は、あそこから逃げた。ガキが言ってたこともこの街では正しいことだ。けれど、俺は歌を素敵と言ってくれたお嬢ちゃんを守りたかった。まずは、自分の心地いいことを大切にしてから、あいつらの相手をしたって遅くはないさ。時間はたっぷりある。嫌な気持ちになることじゃなくて幸せな気持ちにすることを優先させれば、おのずと周りの人をも思いやれる。これは俺の教訓ね」

ははは、と笑うその声は何かを隠しているような、けれどそれは一体何なのか見せなくて。

「お嬢ちゃんも、感情に乗り込まれそうになったら思い出してくれ、お兄さんとの約束」

と言われたからには、うんとしか答えようがなくて。

「……努力はしてみる」

「素直でよろしい」


吟遊詩人は立ち上がり、膝の砂を払いながら言いました。

「人がいないところまで来たから、目的地まで随分遠回りしちまった。まだ歩けるか?」

「うん、まだ大丈夫」

「よし、じゃあ行こうか」

そう言って、吟遊詩人は少女に手を差し伸べました。少女が手を握ると、ぎゅっと握り返してくれました。その手は、大きくと強くて温かくて、少女を守ってくれる安心感を感じました。