「夕雨、こっち見て」

「いや」


引き寄せようと掴んだ腕をいとも簡単に振り払われて、すぐに引き下がりそうになる僕は、たぶん彼女には相応しくない。

でも、お願いがある。


「一人で強がって一人で泣くのは無しだよ」

「強がってないから…」

「いいから見ろって」


つい、声を荒げてしまって、強引にこちらを向かせてしまって、慌てる。

怖がらせてしまったかも知れない。

そうじゃなくても彼女は……

僕の予想に反して、彼女は反駁してきた。


「なんで?最後まで強がらせてよ…!」

「夕雨、家に居づらいのはどうして?」

「っ……」


僕を半ば睨みつけるように彼女は言う。

向き合えた彼女の肩に手を置いて語りかける。


「教えて、お願いだから強がらないで。僕じゃなくてもいいから、ちゃんと誰かに聞いてもらわなきゃ」

「ねぇ想太くん……」

「どんなにワガママな理由だって、子供っぽい理由だって、それは夕雨の本当の気持ちでしょ?押し殺していいわけないんだ」

「私…」


全部全部見せてほしい。

弱さも強がりも寂しさも。

僕の腕を振り払ったときに散った水滴も。


「寂しい…想太くんの言った通り、とっても子供っぽい理由で…でも、お母さんがお父さんのこと忘れたみたいで、悲しい。私は、お父さんを忘れて幸せにはなれない!」

「それが夕雨の気持ちだね…いいんだよ、それで。お父さんも夕雨が忘れないでいてくれればきっと幸せだよ」

「心から祝福してるのに…っ、なんで私……こんな気持ち…っ」

「祝福してるんなら、それでいいんだよ。息が詰まった時はいつでも僕のところに来ればいいさ」


彼女は僕の言葉に何度も頷きながら、嗚咽を漏らして泣き続けた。

そっと背中を撫でながら、どうしようもない愛おしさが込み上げてきた。

天真爛漫で奔放なようで、本当は誰よりも強がりで、すぐに自分の気持ちを我慢する。

それなのに、出会いも告白も全ては彼女からで、物事を簡単に恐れない強さがある。

そんな彼女が、僕にはどんな女の子よりも魅力的に思える。


「夕雨、ずっと渡せなかった物があるんだ」


体を離して告げた僕の言葉に、彼女がゆっくりと顔を上げた。

目があまりにも真っ赤で、まずハンカチを差し出したら、ずっとハンカチ渡したかったの、と言われた。

……うん、違うよ。


「……鍵」

「そう、合鍵。実は割と前に作ってあったんだけど……重くないかとかぐるぐる考えてるうちにね」

「なんか、想太くんっぽいね」


それは良い意味で?それとも悪い意味で…?

結局神妙な顔を向けるに留まった。