「なぁに?
 龍星、何の御用でお出かけしたの?」

二人の会話に気付いた毬が、子犬がじゃれつくように龍星の背中にまとわりついてくる。
毬は龍星から聞く妖(あやかし)の話が大好きだった。

「毬。
 食事中に後ろから急に抱きつかないで。
 零れるでしょう」

とりたててきつい口調で咎められたわけではないのだが、毬は叱られた子犬のようにしゅんとして龍星の隣に少しの間を空けて座った。
しょんぼりと垂れ下がっている耳と尻尾が目に見えるようで、雅之は頬を緩める。

「それで、どんな野暮用だったって?」

雅之が先を促した。



「今朝早く、屋敷の扉を叩く音に起こされた」

龍星は艶やかな声で話し始めた。
その話はこうだ。


++++++++++


「はい」

しつこく扉を叩く音に目を開けた龍星は、しぶしぶ外に出た。
放っておいたら、隣でぐっすり眠っている毬まで起きそうな騒々しさだったので仕方がない。

ようやく東の空が白くなり始めた頃だ。
そこには、青ざめた女が一人立っていた。

着物から判断して、中流の女だろう。
実際、彼女は京都の端に住んでいた。

「こんなに朝早く、どうしました?」

龍星は不機嫌な低い声で聞く。

「お休みのところ申し訳ありません。
 でも、私、これ以上耐え切れないんですっ。
 水子の霊が・・・っ」

女はそこまで言うと泣き崩れてしまった。

抱き起こすなどという真似もできず、龍星はため息をかみ殺して女が落ち着くのを待った。