「遅くなって悪かったね。
 もう、休みなさい」

龍星が毬の耳元で囁く。

「嫌よっ
 今から雅之とお酒飲むんでしょ?
 私も混ぜてくれなきゃ嫌」

眠そうな舌足らずな声で、毬が応えた。
龍星は形の良い瞳を細めて笑った。
子供を宥めるように、頭を撫でる。

「だったら、ここに居るといい。
 ここで夕飯にしてもいいかな?まだ、食べてないんだ」

「いいよ」

言って毬は龍星からあっさり離れた。

龍星が手を叩くと、家の者が食事の準備を始める。

雅之の瞳には、それは美しい女中のようにも見えるが、決して人ではない。
毬は【それ】の元に笑顔で駆け寄った。

「私、手伝うっ」

「あら、いつも申し上げているでしょう?
 お姫様は座っていれば良いのよ」

「もう、華はいつもそういうのね。
 大丈夫、毬だって上手に出来るんだから。心配しないで?」

「まぁまぁ、相変わらずだわ」
 
どうやら、【それ】にもすっかり懐いて溶け込んでいるようだった。





「急に頼んで悪かった」

先におかれた酒を注ぎながら、龍星が紅い唇を開く。

「いや、全然。
 俺はいつでも構わぬよ。
 それにしても、どうしたんだ?」

雅之は杯を受け取り、龍星の杯に酒を入れながら聞いた。

「いや、つまらぬ野暮用だよ」

龍星は酒で唇を湿らせながら、記憶を辿り突き放すような笑いを浮かべた。