龍星は黙って、毬が泣き止むのを待った。

抱きしめたい欲望も、連れ去りたい衝動も、何もかも心の奥深くの襞に隠して。

毬はしゃくりあげながら、顔を上げた。
子供らしさを微塵も含まない、何かを決意した眼差しで真直ぐに龍星を見つめる。

そして、ふぅと息を吐き出した。

「分かったわ、楓。
 連れて帰って」

感情を飲み込んだ、抑揚の無い声。

「かしこまりました。
 籠を手配するので、こちらでお待ち下さいね」

楓はそう言うと、重い空気が立ち込める別荘から出て行った。

「雅之は、また、うちに来てくれるよね?」

毬が振り返る。
雅之は毬の笛の講師でもある。

「ええ、明日にでも行くよ」

「じゃあ、龍のおうちにおいてきちゃった笛、持ってきて?」

「了解」

毬はそこで息と一緒に何かを飲み込んで、真直ぐ龍星を見た。

二人は黙って見つめあったまま、何も言葉を交わせない。

「姫様、お待たせしました」

籠の手配が出来たようだ。

「龍、手、出して」

毬が早口で言う。

「何?」

「これ、毬の宝物なの。
 大好きな龍にあげる」

胸元から、可愛い飾りがついたかんざしを取り出した。

「龍、もっとかがんでくれないとこれ、つけれない」

龍星が慌てて膝と腰を曲げた。

毬は龍星の手を掴むとそっと背伸びして龍星の唇に自分の唇を重ねる。
接吻というよりむしろ、接触といった方が良いほどの軽い唇付け。

驚く龍星をそのままに、毬はかんざしを手渡すとそのまま振り向かず、出て行った。