近くに彼女がいるってだけで緊張している俺は、大きな心音を隠すのに必死だった。

心音なんて、聞こえる訳ないと思うだろ?


でも、この区切られた空間で。

憧れの彼女と二人っきりなんだ、今。


これまでに感じたことのない程、心臓が脈打っている。

猛烈に、緊張している。


なんでこんなことになってるんだろう。

というか、こんなこと思うのは今日だけで何回目だろうか。


2メートル横では彼女が本棚の整理をしている。

髪留め(シュシュ、とかいうやつ)で後ろ髪を結んでいて、綺麗な顔のラインが露わになっている。


横顔だけで、人を魅了してしまうマドンナ。

いったい何人の人が彼女の横顔に見惚れたんだろう。



「殺人級…」

「え?」

「え?あ、いやっ。…なんでもない」


確かに殺人級の横顔をしていたんだけれど。

思わず声に出していた、そんな自分を殴りたくなった。


ほんと、気が動転してる。


「そういえばあんまり後藤くんと話す機会ってないよね」


美術科準備室に澄んだ声が響く。

身震いしそうな程、マドンナっていう存在が俺の身に染みた。


そりゃあ、俺みたいな普通男とマドンナの接点はない。

話す機会なんてある訳ないんだ。(最近の俺はその“機会”を見つけるのに躍起になってるけど)

そんな、俺の中で今1番の悩みをマドンナの口から聞くとは思わなかった。


「そういえば、そうだね」


そういえばとか、そんな言葉を本心かのように言える自分に心の中で嘲笑を贈る。