***
ビーフストロガノフを何から何までオリジナルにしたかったのだろう。
皐月さんは、何十時間前からブイヨンからなにまで、準備をしていた。
見た目も華やかなビーフストロガノフのキャベツ包み冬野菜のラタトゥイユ添え。
お店に出てきてもおかしくないくらいのその見た目に俊も驚いていた。
「ウマそう!!」
皐月さんはその声に嬉しそうにくすぐったそうに笑った。
合掌して、“いただきます”と呟くと料理にナイフを入れた。
…美味しい。
やっぱり、そういうような素を使っていないからだろう。今まで食べてきたビーフストロガノフの味とは似ても似つかなかった。
寧ろ、人生の中で一番おいしい料理かもしれない。
大げさなお世辞なんかじゃない。本音だ。
「んまっ!?」
「ブイヨンスープから全部、手作りました。」
俊にも敬語で話す皐月さん。
「…頑張ったな。」
「ふふ、でしょ。良かったです、喜んでくれてうれしいです。」
敬語には少し違和感を感じるがこれが正常な夫婦像なのかもしれない。
傍から見れば『お幸せに!』なんだろう。
でも、これを壊してしまいたいという悪魔がいて。
理性が切れてしまいそうな中、黙々と料理を口に運んだ。
喉元がどんどん苦しくなって、これが“切なさ”なんだと思うと。
それを教えた皐月さんを恨みたくなってしまう。
「…悠人さん…?」
でも、そんな瞳で俺を貫けば、そんなのでさえも忘れてしまうじゃないかよ。
「…ん?」
「不味かったですか。」
「なわけない。美味しいです。」
精一杯の笑顔を作ると、皐月さんは嬉しそうに微笑んだ。
微笑んだその時、誰かのスマホが着信音を鳴らした。
「悠人?」
「いや、俺じゃない。」
「俊さんじゃないですか?」
俊はダイニングテーブルから席を立つといつものカバンからスマホを取り出すと思いだしたように寝室へと消えてしまった。
その後ろ姿に泣きそうな表情を浮かべた皐月さんはナイフとフォークをお皿の上に置いた。
「皐月さん…?」
今にも涙が落ちてしまいそうな瞳。
「本当は、これは意思で結婚したわけじゃなくって。
俊さんとは許嫁で結婚したんです。」
俊さんに好きな人がいたことくらいわかっていた、そう皐月さんは涙を落として確かに言った。
「でも、二人で過ごすうちに好きになっちゃったんです。」
・
皐月さんの話によるとこうだ。
俊とは意思で結婚したわけではなく。
許嫁だったと。
このご時世に、許嫁というものはまだあったんだと思うと。
皐月さんはひどく泣きじゃくった。
俊は泣きじゃくる皐月さんに気づかず、ばたばたと外に出てしまった。
そんな俊君に少しだけ苛立ちを覚えていた。
こんなにいい人がいるのに。
恋人の元へと言ってしまうとなると腹が立って仕方がなくて。
その傍ら、なんて声を掛ければいいか迷っていた。
「…俊君を、ただの人だとは思えなくて。
いっそのこと嫌いになれたら、いいのに…!」
咥内にあるビーフストロガノフが無味になる。
嫌いになれたら…?
いいのに…?
その涙がじわじわと俺の理性を壊していく。
いっそのこと…?
壊してしまおうか…?
いっそのこと…?
汚れてしまおうか…?
「俺にしとけよ。」
「え…?」
「そんな泣く姿見せられて。
もう、黙っておく男はいねぇよ。」
ぎゅ、っと机に放りだされた細い手を握った。
女性特有の冷え性で冷たい彼女の手はどこか柔らかくて。
涙で潤む瞳が俺をまた貫いた。
「でも…」
何かを言いかけた唇に自身の唇を重ねた。
明らかに動揺した皐月さんは至近距離で目を泳がせる。
ゆっくりと離れれば、皐月さんは“ほかの男とキスした”という事実に、もっと多くの涙の粒が頬を伝った。
以前の俺なら、ここで謝っていただろう。
でも、今の俺は違う。
どうしようもなく、この手で汚してしまいたいと思った。
寧ろ、汚している自分にゾクゾクしていた。
道徳的にはどうだろう。
一番アウトなんだろうけど、止められない感情だ。
精神的には我慢する方がつらい。
…って俺なんてことを言っているんだ。
傍らで理性がまた戻ってくるが。
皐月さんは俺が帰る支度をしても、玄関の扉を閉めても泣き止むことは無かった。
・
ビーフストロガノフを何から何までオリジナルにしたかったのだろう。
皐月さんは、何十時間前からブイヨンからなにまで、準備をしていた。
見た目も華やかなビーフストロガノフのキャベツ包み冬野菜のラタトゥイユ添え。
お店に出てきてもおかしくないくらいのその見た目に俊も驚いていた。
「ウマそう!!」
皐月さんはその声に嬉しそうにくすぐったそうに笑った。
合掌して、“いただきます”と呟くと料理にナイフを入れた。
…美味しい。
やっぱり、そういうような素を使っていないからだろう。今まで食べてきたビーフストロガノフの味とは似ても似つかなかった。
寧ろ、人生の中で一番おいしい料理かもしれない。
大げさなお世辞なんかじゃない。本音だ。
「んまっ!?」
「ブイヨンスープから全部、手作りました。」
俊にも敬語で話す皐月さん。
「…頑張ったな。」
「ふふ、でしょ。良かったです、喜んでくれてうれしいです。」
敬語には少し違和感を感じるがこれが正常な夫婦像なのかもしれない。
傍から見れば『お幸せに!』なんだろう。
でも、これを壊してしまいたいという悪魔がいて。
理性が切れてしまいそうな中、黙々と料理を口に運んだ。
喉元がどんどん苦しくなって、これが“切なさ”なんだと思うと。
それを教えた皐月さんを恨みたくなってしまう。
「…悠人さん…?」
でも、そんな瞳で俺を貫けば、そんなのでさえも忘れてしまうじゃないかよ。
「…ん?」
「不味かったですか。」
「なわけない。美味しいです。」
精一杯の笑顔を作ると、皐月さんは嬉しそうに微笑んだ。
微笑んだその時、誰かのスマホが着信音を鳴らした。
「悠人?」
「いや、俺じゃない。」
「俊さんじゃないですか?」
俊はダイニングテーブルから席を立つといつものカバンからスマホを取り出すと思いだしたように寝室へと消えてしまった。
その後ろ姿に泣きそうな表情を浮かべた皐月さんはナイフとフォークをお皿の上に置いた。
「皐月さん…?」
今にも涙が落ちてしまいそうな瞳。
「本当は、これは意思で結婚したわけじゃなくって。
俊さんとは許嫁で結婚したんです。」
俊さんに好きな人がいたことくらいわかっていた、そう皐月さんは涙を落として確かに言った。
「でも、二人で過ごすうちに好きになっちゃったんです。」
・
皐月さんの話によるとこうだ。
俊とは意思で結婚したわけではなく。
許嫁だったと。
このご時世に、許嫁というものはまだあったんだと思うと。
皐月さんはひどく泣きじゃくった。
俊は泣きじゃくる皐月さんに気づかず、ばたばたと外に出てしまった。
そんな俊君に少しだけ苛立ちを覚えていた。
こんなにいい人がいるのに。
恋人の元へと言ってしまうとなると腹が立って仕方がなくて。
その傍ら、なんて声を掛ければいいか迷っていた。
「…俊君を、ただの人だとは思えなくて。
いっそのこと嫌いになれたら、いいのに…!」
咥内にあるビーフストロガノフが無味になる。
嫌いになれたら…?
いいのに…?
その涙がじわじわと俺の理性を壊していく。
いっそのこと…?
壊してしまおうか…?
いっそのこと…?
汚れてしまおうか…?
「俺にしとけよ。」
「え…?」
「そんな泣く姿見せられて。
もう、黙っておく男はいねぇよ。」
ぎゅ、っと机に放りだされた細い手を握った。
女性特有の冷え性で冷たい彼女の手はどこか柔らかくて。
涙で潤む瞳が俺をまた貫いた。
「でも…」
何かを言いかけた唇に自身の唇を重ねた。
明らかに動揺した皐月さんは至近距離で目を泳がせる。
ゆっくりと離れれば、皐月さんは“ほかの男とキスした”という事実に、もっと多くの涙の粒が頬を伝った。
以前の俺なら、ここで謝っていただろう。
でも、今の俺は違う。
どうしようもなく、この手で汚してしまいたいと思った。
寧ろ、汚している自分にゾクゾクしていた。
道徳的にはどうだろう。
一番アウトなんだろうけど、止められない感情だ。
精神的には我慢する方がつらい。
…って俺なんてことを言っているんだ。
傍らで理性がまた戻ってくるが。
皐月さんは俺が帰る支度をしても、玄関の扉を閉めても泣き止むことは無かった。
・

