月と太陽 ―Moon is beautiful―






「…それなら、私の事抱けばいいじゃないですか。」


腕の中の小さな月は。

想像以上に小悪魔だった。


上目遣いで、真っ赤な唇で。
“抱けばいいのに”と言わんばかりに、俺の胸板に手を当てる。



「いや、抱かない。
ちゃんと俺は順序を守りたい。」


胸板の細い手を解いて。
ベッドに座り込んだ俺。

そしたら皐月さんは荷物からスマートフォンを取り出して一つの写真を見せた。




「ん?」


湘南の浜辺。



「私、これでもサーフィンも趣味なんです。
腕前、見せたいので、見てくれませんか?」


にこっ、とまるでさっきとは違うような笑みで俺に笑いかける。
———へー。サーフィン好きなんだ。


リーダーから貰った特注サーフボード…あんだよな…。




「俺も一応、サーフィンは好きだけど。」


「気が合いますね。じゃあ、一緒に波に乗りましょうよ。」


ちょっと寒いかもしれませんけど。
と笑った彼女の笑顔が素敵すぎたから。

一言二言で返事したじゃねーかよ。



「いいよ。行こ。
いつ、行く?」



————9月21日の平日の夜の波。
丁度夜は空いていた俺は、夜の波に皐月さんと乗ることになった。


即、スケジュールのアプリケーションを開くと、21日に“サーフィン 皐月さんと。”。
早くその日が来ないか、胸を人知れず躍らせた。


生乾きの服に着替えると、何も疾しいことはせず、ホテルで別れた俺たち。
純さんの甘い香りが残る服に。


体温が一気に上昇してしまう。







すっかり雨止んだ夜空。
夜空を明一杯、仰ぐと、前へと歩き出した。



そう言えば、夕飯済ませていないことに気づいた俺はスーパーに立ち寄って、足りない食材を買い足すと帰路についた。
今日は鮭のムニエル…いや、アクアパッツアにしようか。


夕飯に迷ってると、急にアルコールを求めだした体は。
帰って、早々ワインのコルクを抜いて、体内に流し込んだ。




“…それなら、私の事抱けばいいじゃないですか。”


あの言葉にゾクッ、として。
脳裏がまた、どうにかなりそうになって。

我に帰って。
料理を作りだしたかと思いきや、


また思い出して。


もう昔の俺とは完全に違う。

もう皐月さんが全部悪いんだ。



そんなこと思いながら、ザクッと魚の頭を切り落とした。




(やっぱ、普通に塩だけの味付けにすっかな…)









【リーダー Side】










——— 俺は信じたくなかったんだ。


俺は信じたいわけじゃないんだ。 ———



悠人が居なくなったから、いつも暇そうにしているマツを呼んだ。
受話器越しではめんどくさそうだったけど。
一応、来てはくれるみたい。


机に置かれたビールの代金見つめて、思った。


ねぇ、俊なんで?
皐月ちゃんの事、あんなに好きだって言ってたじゃん。


いきなり悠人に虚を突かれて、疑いが深まるばかり。

噂で聞いていた。

“立花俊が嫁と大喧嘩して。
その亀裂から、ある女性に気持ちが向きつつあるらしい”


俺っちはそんな事信じたくないよ。


知り合いの居酒屋に向かう途中。
俺っちの運転している車窓から。

変装してるけどもう15年以上も付き合ってきているからわかる。


綺麗な女の人と、俊。
信号機が点滅して、寄り添いながら走って渡り切るその男女。



俺っち、信じたくないよ…―—————



「うっわ。馬鹿が珍しく悩んでる。
明日、台風でもくんじゃないですか。」


マツ…。
窮屈そうに変装を外しながら、ため息を吐いたマツは。
もうとっくの昔に来ていたジョッキのビールを勢いよく飲む。




「あれ、今日は悠人とショッピングじゃなかったっけ?」


「悠人、なんか親戚が大変なことになったらしい。」


ふーん、と凄く意味有り気にマツは嗤った。



「そ。まぁ、いいですケド。
丁度良かった。俺もちょっと、呑みたくてね。」

またジョッキの中のビールを飲むマツ。
マツも、いつもと調子がおかしい。


俺っちは思い切って、“あの事”を聞いた。




「ねぇ、マツ…。
俊が不倫…って信じられる?」


お店の人が持って来てくれた枝豆を口に頬張りながらマツは、なんだ、と言わんばかりにため息を吐いた。


“あんたも知ってたのね。”



「風の噂だし、信じなければ?」

「でも、…でも、今日、俊が綺麗な女の人と歩いてた!」


“ホント、流されやすい人ね。”



「妹でしょ。」

妹さんとは一回あったことがある。
でも妹さんとは、あの姿では重ならない。



「会ったことあるけど、全然違う!
妹さんとは違って、栗色の髪色で、くるくるで!」


マツの目が鋭くなった。




「それなら、俺も言いますけど。」