月と太陽 ―Moon is beautiful―






「ごめん、リーダー。
ちょっと席外す。」

スマホを片手に、急いで、トイレへ駆け込んで、“通話”のボタンを押す。




「はい、内田ですが。」


聞こえた声に、ゾクリ、とした。
泣いた声だった。
声を震わせる皐月さん。


―――――悠人さんっ…、今から会えますか…?


その泣き声に応えるように、俺は電話しながらリーダーの元へ戻る。
ジョッキが二つ並んでいた。



「リーダー、ごめん。
親が今、大変なことになってて。
また、呑もう、誘うから。」

荷物と、ちゃんと変装。


今まで、こんなに焦ったことは無い。
焦る気持ちで吐き出した言葉にリーダーの笑顔がこぼれた。



「あははっ、それは大変だ!
じゃー、今度のオフ付き合ってよっ!」


その無邪気さに、その笑顔に、いつも救われてしまう。
ありがとう、と生ビールの代金だけ机に置くと、店を急いで後にする。



—————ルイさんとの席なのに、…いいんですか?
やっぱり、大丈夫ですから、戻ってください…。



「じゃあ、電話なんてしてくんなよ。」

大丈夫じゃないから、電話して来てんだろ、。
冷たく言い放つと皐月さんはまた、受話器越しで、声を押し殺して泣き始めた。




「どこ、今どこ。」



—————東京駅前です…。



その声だけを聴くと、通話を切った。
これ以上、そんな悲しい声が聴きたくない…—————————。


現在地から東京駅は近い。
必死に息を切らして、東京駅前に行く。

一分一秒、一瞬でも早く、皐月さんに会いたくて。
気持ちは抑えきれなくて。


もういい。
全て投げ出してでも、皐月さんを奪いたい。



そう、脳内が勝手に考えていた。
雨が降ってる。


傘は居酒屋に置いてきてしまった。


でも、雨にぬれても構わず走る。
それほど、本気になった俺は。



我を忘れ、走る。










“東京駅前”。
そう告げた、皐月さんは。

駅前の屋根下で電話を耳に当てたまま、涙を流していた。
その姿に耐えられず、物陰に隠れて抱き締めた。


皐月さんはまた声を押し殺して泣いた。




「ごめんなさい…ごめんなさい……」



震える肩が切なくて。
濡れた体が、皐月さんの体温によって、熱を持ち始めて。



ただ落とすアツい涙を。
ただ抱きしめることしかできない俺は。


どうしようもなく。



情けねぇ。。










***



「雨の中、ごめんなさい。」


何も疾しい気持ちなんてなく、ただ話を聞くために入ったホテル。
一つのベッドがある、至ってシンプルなホテルの部屋で。

皐月さんがドライヤーで一生懸命、俺の服を乾かしながら、謝る。
備え付けられていたバスローブに身を包んだ俺は、そんな謝罪の言葉に反応しなかった。




「突然、ごめんなさい。」


純さんの甘い、香水の香りが鼻腔まで届く。
まだ、謝り続けようとする皐月さんの声を遮った。




「謝んな。」


尖った言葉に皐月さんの肩がまた震えだす。









「私っ…俊さんと大喧嘩しちゃって。

他愛ないことだったんですけど、“…もういい、冷めた。”
って言われちゃって。


さっき、友達と出かけてたら…。
俊さんが…———————。」


もう、“俊”っていうその声が嫌で。
皐月さんの声塞ぐように、自分の胸に皐月さんを寄せた。




「もう、“俊”って言うな…。」


ゆっくり、廻された腕。
細い、小さな体が確かに言った。






“私を滅茶苦茶にしてください”










「は?」

何を言い出してるのか、分からなくなって、小さな体を自分の体から剥がすように離す。



「もう、何もかも、忘れてしまいたいんです…
お願いします、私を、滅茶苦茶に…」

その方法に腹が立った。




「そんなの、気持ちが通ってからじゃねぇとやらねぇよ!!」


声を荒げた俺にまた、泣き出した皐月さん。
皐月さんの肌は月のように白くて。

本当は滅茶苦茶に抱けるもんなら、抱きたい。


でも…気持ちも通ってない、しかも同メンバーの嫁に手何て出せない。




「ごめんなさい…ごめんなさい…」


「皐月さんは悪くない…ただ、旬の事がまだ愛してるなら。
そんな軽い言葉を言わない方がいい。」



すいません、すいません、謝り続ける皐月さんが乾かしてくれた服は、まだ、熱を帯びたまま。
未だに湿っていて。


でも、その漂う香りに我慢できなくなった俺は。


やっぱり、皐月さんに手を出した。







紅い唇に。

唇を、重ねた。





「ふぅ…んっ…」

その声にもっと手が出そうな気がして。
ただ、触れるだけのキスを皐月さんに落とした。




「…やっぱ、忘れらねぇんだよ…。」


やっぱり、本能には負ける。
力強く、また、体を抱きしめた。