さがしものが見つからない

「生駒(いこま)」

苗字で呼び止められたのは、午前の授業が終わり購買に行こうとした時だ。
私を苗字で呼ぶのは教師ぐらい。
見れば、担任の織部隆史(おりべたかし)だった。

「はい?」

「昼食終わったら二者面談だ。忘れるなよ」

「あー・・・はい」

言われるまですっかり頭から抜けていた。
担任は要件を言い終えるとそそくさとどこかへ消える。

二者面談、だとすると進路のこととか、最近の近状とかいろいろ聞かれるんだろう。
適当に答えておけば、すぐに終わるか。

そう考え直して、購買に向かい、メロンパンと紙パックのカフェオレを買った。

「あ、アリス。今日もメロンパンとカフェオレ?」

背後から話しかけられ、首だけ振り返る。
さこには、中学のとき一度だけクラスが一緒になった男子がいた。
名前は・・・なんだったか。

「んー・・・。食えばなんでもいいから」

「飽きねぇの? 俺なら無理」

「そう。んじゃ」

お前の基準なんかどうでもいいんだよ。
と、言いそうになるから、軽く受け流して購買を出る。

「確か、二者面談は休憩室だったよね」

職員室の隣、コピー機やら紙の束の山だのがある部屋。
南側に設けられたひっそりとした小部屋が休憩室兼、私の憩いの場だった。

折りたたみ式の長テーブルが二つに、パイプ椅子が二つ。
面接か、と最初は思った。

窓際にパイプ椅子を寄せて、そこにどっかり座る。
ポッケから出したスマホ片手にストローさしたカフェオレをチューチュー。

ガサガサとメロンパンを袋から出して一口食べようと口を開けたとき、休憩室の扉が開いた。

「あ」

「お前・・・」

視線だけ向けると、織部だった。
織部は眉を寄せて、呆れたようにため息を吐いた。

「ここは生徒のための休憩室じゃねぇんだぞ」

「すみませんでした。でも、先生も早いですね。昼食は?」

「これから食べる。ここで」

少し離れたところにあるパイプ椅子を寄せて、織部が座る。
缶コーヒーとカツサンド二つ。
へー、意外と食は細いんだ。

「なんだよ」

「なんでも」

それから会話は途切れる。
生徒と担任が黙々と昼飯食ってるシュールな図が出来上がる。

他の生徒か、教師が見たらざわざわとうるさくなりそうだ。

「お前、昼はいつもここで食ってんのか?」

「まぁ」

「誰かと一緒に食わねぇの?」

「苦手なんです。ざわざわと騒いだり、そういう場にいるの」

パンも食べ終わり、あとはカフェオレをなくなるまでチューチューするだけになると、もう織部は食い終わってた。

さすが男、女の私にはできない。
織部の視線がこちらに向いている。
どうやら、私が飲み終わるのを待っているらしい。

私は、まだ半分くらい残っているカフェオレをテーブルに置き、スマホを内ポケットにしまう。

「始めましょう、先生。二者面談」

私が言えば、織部はちらりと飲みかけのカフェオレを見る。
いいのかと聞いているらしい。
そのまま黙っていたら肯定と取ったのか、二者面談が始まった。

「どうだ、新しい環境には慣れたか?」

「まぁ」

「授業は・・・まぁ、お前なら問題ないか」

「はい」

「部活は、何に所属してた?」

「美術部です」

とまぁ、こんな感じの近状報告から始まって、進路の話に移行。

「進学コースに入ってるが、どこを受けるか決めてるか?」

「・・・」

「具体的にどこと断定しなくてもいい。何か興味があることか、やってみたいこととか」

「・・・。ないです」

私の答えに、織部は少しも驚かなかった。
だが、代わりに口元は苦笑いが貼りついている。

「まさか、就職じゃないだろうな?」

「・・・さぁ。兄次第ですかね」

「お前、兄妹だったのか?」

「ええ、年子なんです。兄は私より優秀だったので、そっちにお金かけたいんだと思いますよ」

これは、年の近い兄がいる私だから思うことだ。
どうしても兄妹で年が近いと、親はその分苦労する。
二人まとめて私立高校に進学させただけでも、褒めてあげていいと思う。

「兄は、大学院まで目指すらしいので、できれば私には進学してほしくないでしょうし」

たとえ長女でも、長男には敵わない。
それは、私が1番よく知っている。

「でも奨学金があるだろう?」

「・・・公務員の父が来年定年なんです」

「自衛官か」

私はコクリと頷く。
安定した収入が得られるのは、来年まで。
それ以降は職なしになる。
有給を使い切るため定年前の数ヶ月の間に職が見つけられたとしても、それが現状を維持できるとは限らない。

両親はそれでいいのかと聞くこともある。
だが、両親だって口には出さないが、苦しくなるのは目に見えている。

やりたいと思うものもないのに、親を苦しめる気はない。

「だから、来年の兄の出方を見て考えます。あの人、ころころと主張が変わるので」

そう言うと、織部は黙り込んだ。
自分でいうのもなんだが、結構面倒くさい家庭の事情だと思う。

「まぁ、まだ1年だしな。でも、自分から探してはおけよ」

「気が向いたら、やります」

そう言ったら、呆れた顔をされた。
だが、教師地味た説教はされなかった。

希望を捨てるな、夢を持てと誰かが言うけれど。
夢を持っていてもいなくても、それを叶えられるのは、たまたま叶えられる人がいただけのこと。

それに憧れるのはいいことだけれど、手が届かないのに伸ばし続けるのは愚かだと思う。
その分、時間はロスするし、何より先の見えない未来に期待できるほど、私はポジティブじゃない。