―――3日前。
春先の肌寒い日。
「階段から落ちて骨折しちゃって、代打で行ってもらえない??」
隣の市に離れて住む2つ上の姉、文玻(アヤハ)から、1本の電話が入ったのは、履歴書を書き終わったところだった。
先月まで働いていた製薬会社をリストラされ、単身寮を追い出され、実家に帰っていた私。
系列会社から人事異動で勤務する予定になっていた、このビルの4階にある、知る人ぞ知る有名なVIP専用の歯科らしい。
普通では考えられない状況だけれど。
「何かの役に立つから資格だけは取っておきなさい」
という母の教えで、人体骨格模型に興味を持っていた、偏屈者でまだ小学1年生だった私。
短大に通いながら迷うことなく歯科技工士、衛生士の資格を取った。
学歴がものを言う時代、せめて大学までは出なさいと、それも高卒の母の教えであった。
あえて短大を選んだのはシングルマザーの母に負担を掛けたくなかったからだ。
父は高校生のときに交通事故に巻き込まれ、他界した。