芦原は俺を呼び止めると近づいて来た。
ムッとした表情を浮かべ、怖い顔をしている。


「どうしてそんなにアッサリ引き下がるんですか!」


叫ぶ様に言葉を吐き、唇を震わせながら訴えた。


「私がいつ彼氏がいるって言いました!?」


「え……いつって……」


記憶を巻き戻して考えてみる。


初めて茶屋で食事をした時はどうだった。

今度、観光名所へ彼氏と一緒に行ってみたらいいと言ったら否定をしなかったんじゃないのか?

白河未希から聞いた話をした時も、「本気にしないで下さい」と言ってなかったか?

今だってそうだ。

コンビニで「彼氏もいるだろうし」…と言ったら黙り込んでたじゃないか。


悔しそうにしている芦原の目を見た。
この間の店で食事をしている時と同じ、泣き出しそうな目だ。


きゅっと噛んでた唇が開かれた。握り締めてる手に、更に力がこもる。


「私には彼氏なんていません!そもそもいたら課長と食事にも行きません!」


結婚したら専業主婦になるのが夢だと語っていた。
一途なんだな…と思ったから、「そうか」と言った。

その前にしていたロトの話を間に受けたように呟く芦原に申し訳ない気がして、「そうか」の一言で終わりにしたい気持ちもあった。


…あの後ずっと無言だった。

泣き疲れてるようにも見えたから、敢えてこっちも話したりはしなかった。