「幸太郎」
そう呼んでみると、両肩に置いてあった手が少し離れた。
驚いているのか、はたまた腑に落ちたのか、口をポカンと開けて私を見る彼は次第に表情が崩れた。
やっと呼べた彼の名前に懐かしさが込み上げる。
本当はずっと呼びたかった。
何度言いかけたか。
「なに泣いてるの幸太郎。らしくない」
「……っは、泣いてねーし」
「これのどこが泣いてないっていうの。めっちゃボロボロじゃん」
「笑ってんなよ!馬鹿!泣くわ!!泣くに決まってんじゃんこんなん」
目の前が真っ暗になったと同時に温もりが感じられた。
この状況に目が点になるのもおかしくなくて。
もしかして、私、幸太郎に抱きしめられてる?
離れたくても彼の力には適わなかった。
「亜優奈行くなよ。どこにも」
耳にかかる息にくすぐったさを感じとるように初めてこんな甘えるような声に身震いした。
「ちょ、ちょっと」
「こうでもしないと離れていくと思ったから」
「やだなにそれ意味わかんない」
「ほらそうやって笑って誤魔化す。嘘つくとき大体お前は笑うんだよ」
抱きしめる力が弱まって彼が離れていく。
それでも距離は縮まったまま。
顔を上げれば幸太郎の少し怒った顔がみえた。
眉間にシワなんか寄せちゃってさ……。
あぁ。
顔なんか見るんじゃなかった。
わかってる。もう時間が無いって。
それでももう少し、あと少しだけ、幸太郎と一緒にいたい。
別れがこんなに辛いなんてあんまりだ。



