少女が岩から降り、俺の元へ駆け寄る。
はだしの足で小さなしぶきを作りながら。

「ど、どうしたの……?」

頬に流れた涙を、ひんやりした指先がそっとぬぐう。
戸惑いと心配の色を宿す瞳は、海に似ていた。

見つめていると、波立っていた心がゆっくりと凪いでいく。

「……なんでもない」

かすれた声で俺は首を横に振り、つぶやくように言った。

「……名前」
「え?」
「……名前、教えて。俺は、泡海 吟多」

言葉にこめた気持ちに気づいてくれたのだろうか。
彼女は少しためらった後、俺の目をのぞき込むように見つめ返した。


「私は、コイズ」