「なんだか、苦しそうだったから」

それは思いがけない言葉で。
思わず見つめた瞳はどこか切なげで。
深海のように深く、透き通った瞳に吸いこまれそうになる。

「……あのさ、キスしていい?」
「え……っ?!」

そう言ったとたん、少女が心底驚いたように目を見開いた。

「だっ、だめ!!絶対にだめ!!」

そして慌てたようにぶんぶんと首を横に振り、胸の前でバツ印を作る。

「……何で?」
「何でって……君こそ何で?!」

沈みかけの夕陽のように真っ赤な顔で聞いてくる少女。
俺は授業の問に答えるような真顔で言った。


「俺、誰かにキスしてもらわないと、泡になって消えちゃうから」


少女の目が点になる。
新しい生き物でも見つけたようだ。

「で、でも……ごめん、できないよ。
私にとっては、軽くできることじゃないんだもん……」

申し訳なさそうにぽそぽそ答える少女。
俺のほうも目が点になった。

見え見えだろう俺のウソを信じたこと。
俺とのキスを拒むところ。

大抵の女子は、俺がキスしてって言ったら喜んで応えてくれたのに。