「小さい頃、颯哉と喧嘩してさ、負けると泣きそうなのにいつもこらえてた時と同じ顔してる。それ、すごくいじらしいから俺は樹希ちゃんのかたばかりもって、颯哉にズルいってあとで怒られてたんだけど」
「……初めて聞いた」
「あいつもプライド高いからね、そういうの、樹希ちゃんの前じゃ言わないよ。……怒るっていえば、夕べもさんざん『どういうつもりだ』って。あいつも酒入ってたから、ボロクソだったな」

苦い笑みを浮かべ、潤哉さんは抱いた私の肩に顔を近づける。

きっと私が会えないなんて、愚痴ったからだ。
昨夜の朧気な記憶のなかで、颯哉の文句を言う声が薄く残っている。あれは私に何か言ってた訳じゃなかったのか。

「言い訳に聞こえるかもしれないけど、夕方までは樹希ちゃんと会えるつもりだったんだ。でも、客先から呼び出されて全然時間は読めないし、かなりテンパってあんな素っ気ない電話になっちゃったんだ」

潤哉さんの頭の重みを鎖骨の辺りで受け止めて、そしてそれに勇気づけられ、恐れていた言葉を告げる。

「なんか私……潤哉さんに避けられてるんじゃないかって思っ」
「それ、違うからっ。そんな風に思わせてたのもごめんな。樹希ちゃんが俺のこと、昔からお兄ちゃんみたいに慕ってくれてるのは分かってたんだけど、正直言ってそのうち幻滅されるんじゃないかって……俺、こういうの、器用じゃないんだ。颯哉みたいに気のきいたことも言えないから『女の気持ちを分かってない』って捨て台詞で、振られたことも何度かあるし」