靴を脱ぐと、またそっと潤哉さんの手が私の背に触れる。優しい仕草にドキリと弾む胸が痛い。

短い廊下の先には、ガランとした印象のリビングが広がっていた。部屋の隅には、段ボール箱が積み重ねられている。

「ここ、もしかして……潤哉さんの部屋? えっ、だって……。うちを出たの?」

驚く私を目の前に、潤哉さんはごく軽く頷いた。

「実はこちらに戻ってきてから、すぐに探しはじめてたんだけど、ね」

そもそも潤哉さんが予定よりも早く東京へ呼び戻されたのは、同僚の先輩が入院したからだった。大きなプロジェクトを何本か抱え、胃を壊してしまったそうだ。さらに体調がすぐれず産休に入ってしまった社員もいて、人員が明らかに足りなくなったのだという。

そのうえ、取引先の度重なる仕様変更の申し出を受け、苦しい状況だったことを教えてくれた。

「ふたりとも不可抗力なことだから仕方ないけど、今回はトラブル続きでね。思ってた以上に仕事がハードになっちゃってたんだ。契約したのはいいけど、全然引っ越しもできないし」

家具を買いに行く暇もないなんて笑えない、と潤哉さんは眉を下げる。

「でも、言ってくれれば私だって、何か手伝えるのに」

潤哉さんの指が私の頬を掠めた。

「樹希ちゃんだって仕事してるんだから、俺のことで無理してほしくないんだ。……そんな顔しないでよ」

抱え込むように私の背中を包んだ腕の力が強くて、思わず潤哉さんの顔を見上げた。