「じゃ乾杯」
「乾杯って、何に?」

私の皮肉に、颯哉(そうや)は口もとを歪ませた。

「お前なぁ、ひとを呼びつけて、そうそうに絡んでんじゃねぇよ」
「じゃ、颯哉も、その顔やめてくれない?」
「……俺の面構えなんて、変えられるわけないだろ」

急に呼び出され仕方なくきてやった、と怒るのならまだしも、口調の粗さとは裏腹に憐れんだ顔をするのはやめてほしい。

颯哉の眉間のしわが深くなったのを見届けてから、赤ワインの注がれたグラスを手にする。

「……はいはい、乾杯するよ。はい乾杯っ、と」

無作法にならない程度に、ごく軽く隣に座る颯哉のワイングラスに自分のグラスをコツンとあてた。

「樹希(いつき)、もしかしてすでに飲んだのか?」
「颯哉を待ってたあいだだけ。食前酒っていうの? ここの隣のバーで」

バーは七時を過ぎても、それほど混んではなかった。金曜日の夜だから、まだ宵の口といったところなのだろう。訪れる人のほとんどが待ち合わせで、入れ替わりも早い。だから私もそれにならって、カウンター席で軽く二杯ほど飲んでいただけだ。

おかげで、それほど悲壮な気分でもなくなった。もっとも、お酒の力を借りてのことだけど。

「危なっかしいな……お前も。なんつーかさぁ」

颯哉は言葉を飲み込む代わりのように、グラスへと口をつけた。

「いいじゃん。タダ飯、タダ酒、きれいな夜景ときて、文句あるの?」
「樹希の減らず口がもれなくついてくるだろうが」