「引っ越し荷物の片付けを手伝うわ。早く終わればデートができるでしょ?私も何日かは笹森のアメリカ支社に行かなきゃいけないけど、夜は一緒にいられるし」

「祐也はいいんですか」

「祐也が行ってこいって言ってくれたの。
祐也は試験期間中になるから鈴木先生のお宅に泊まり込み。隼くんもいるし。先生の奥さんの真利子さんが祐也の世話をしてくれるの。
昔から孫のように可愛がってくれて。だから、何の心配もしなくて大丈夫」

「はぁ、やっぱり、どうにも絵里子さんには敵いませんね。やっぱり。完敗です」
両手を挙げて参ったのポーズをした。

「あら、これって何か勝負だったの?なおさら負けられないし」珍しくあははっと豪快に笑う。

大好きなオリーブのタパスを手に取り俺に渡すと
「淋しくなったら、あなたの車に乗る。それでもダメなら会いに行く。そしたらまた私においしいものでも食べさせて。あなたが私を餌付けしたんだから、責任取ってね」
そして破壊力抜群の笑顔を見せた。

やれやれ、絶対にこの人には勝てない。永遠に。
勝負は最初から決まっていたんだ。
あの日、夜の国道で流れ落ちる涙を拭いもせず真っ直ぐ前を見据えていたあなたのあのまなざしをみた時から。
あのまなざしの中に真っ直ぐに俺が映りたい。
あのまなざしを俺だけのものにしたかったんだ。


渡されたオリーブを絵里子さんの口元に差し出す。
「はい、口を開けて。いつでも俺は絵里子のものだし、絵里子はもう俺のもの」

「浩介くん」初めて呼び捨てにした俺に驚いた様子で目を見開いたがすぐに笑顔になった。

「ありがと」ぱくんとオリーブをほおばった。
「んー、最高」

俺のことを『浩介くん』と呼ぶ。茉優が『浩介』と呼んでいたから同じように呼ぶのが嫌なんだろう。
こういうところは小娘みたいでかわいい。

いつでも俺の前では素の絵里子でいて欲しい。
大人の女の対応も格好いいけど、嫉妬も不安も弱いところも緩んだところも見せて。
そう言うと「浩介くんには見せてるよ」というけどまだ足りない。

「ねぇ、アメリカでの部屋着はあのモコモコのやつにしてよ」
そう言うと、絵里子ははっと思い出したようで、まっ赤になって「ムリ」ってうつむいてサングリアを一気飲みした。

おっ、はじめて絵里子の弱点発見か?少し優位に立てる?
絵里子いじり、楽しくなってきた。

「かわいかったんだよ。あのモコモコ着てた絵里子。チラッとしか見られなかったし。ね、あれ着て」

「うっ。やだ」


こうして、ひとつひとつゆっくり進んでいこう。
俺たちは若くはないけど、焦る必要もない。
俺たちなりの関係を築いていけばいいんだ。
いつでもいつまでも絵里子の心の隣に寄り添うから。
絵里子は自由にしていればいい。
キミはどこにいても俺が名を呼べばすぐに俺のそばに戻ってくることだってもうわかっている。

「絵里子」

「なあに?」俺の大好きな真っ直ぐなまなざしで俺の目の奥を見つめて、そしてあの笑顔で俺の欲しがっているものを言ってくれる。
だから、俺はがんばれる。何にでもなれるんだ。

「浩介くん、大好きよ」
そう言う絵里子の真っ直ぐなまなざしはもう俺のものだ。