「それから、教授と何度か話をしていくうちにやっぱり更なる知識も欲しくなって。
いろいろ考えた上で教授のところに行く事に決めた」

「会社の方は大丈夫なの?」
「それが、大丈夫じゃなくてね」
苦笑する。

「今の会社と教授の研究所は一部競合する面もあるんで、俺が経営ノウハウを持ち出したとか、俺が声をかけなくても今いるアスリートが移籍したら、『連れて行った』ってことになるしで。会社の上層部が感情的になってて」

「まぁ。そんなこというの?経営者は子どもじゃないんだから。でも、まぁわからないでもないけど」
絵里子さんは首をかしげ、あきれたように言う。

「そうなんだ。だから、教授に相談して留学を決めたんだ。
俺はまだ勉強が足りないし、会社を辞めて新しい研究所で働き始めるまでにも時間を空けた方がいいだろうってことにもなって」

大きく息を吸って、絵里子さんの目を見る。

「再来月からアメリカに行きます。1年か1年半。行ってみないと期間ははっきりわかりません」

絵里子さんは少し俺の目を見つめ「行ってらっしゃい」とひと言つぶやくように言った。
口もとは笑っているが、目は笑っていない。悲しんでいるようにも見えない。感情が全く読み取れず焦る。

「あ、あの、絵里子さん」
「はい」

意を決してはっきりと言おう。
「俺、絵里子さんと一緒にいられるように力を付けます。絵里子さんのために頑張りますから、待っていて下さい」

「え?何?
いや。っていうかダメ」
即答での拒絶。
驚いた表情の後、俺を睨むようにして言われて、頭が真っ白になる。

「山口さん」

絵里子さんが膝が当たるくらい近くに座り直し、
「あなたはあなたのやりたいことのために頑張って下さい。それは私のためではダメ。自分のために頑張って」
両手で俺の固く握りしめた拳を優しく包んでくれる。

キチンと言わなければ。
俺は彼女の手を握りかえす。

「俺、絵里子さんを愛しています。俺があなたを守りたい。俺がずっと絵里子さんの全てを支えていきたい」

絵里子さんが両目を見開き、すぐに俯いてしまう。
「山口さん……」

「私ね、もう恋はしない、私が恋に落ちることはもうないって思ってました。いいトシだし、離婚もかなりつらかったし」

それから顔を上げると俺の目を見る。
「でも、そうじゃなかったみたい。……私は私で勝手に待ってますね」
少ししてから顔を上げ、恥ずかしそうに鼻の上の方にしわを寄せる俺の大好きなはにかんだ笑顔を見せてくれた。

「だから、頑張って」

ああ、ダメだ。俺、もう泣きそうだ。
絵里子さんの手をしっかり握りしめる。