考えなければいけない事がたくさんあった。

武史の店を出て夜道を歩いていると上弦の月が輝いていた。
無性に絵里子さんの声が聞きたくなり、勢いで電話をした。

「山口さん?」
2コールですぐに繋がった。

「こんばんは、絵里子さん」
「こんばんは。えっと、どうしました?何かありました?」

「すみません、今、声が聞きたくなって」
「珍しいですね・・・」
勢いでストレートに伝えた。
絵里子さんは黙ってしまった。

「絵里子さん、あの、声、出してもらっていいですか?」

「あ、えっと、はい。もしかして山口さん、酔ってます?」
「酒は飲みましたけど、酔ってはいませんよ」

「じゃ、本当に私の声が聞きたくなったんですか?」
「はい」

ふふふっと笑い声が聞こえた。
「じゃあ聞かせてあげます」
「ありがとうございます」
2人で笑った。

「ちょうど今、美樹とメッセージのやりとりをしていて、スマホを手に持っていたの。急に電話が鳴って驚いたわ」
「じゃ、美樹さんの邪魔しちゃいましたね」

「いいの。美樹ったら旦那さんの会社の人が来るから一緒にバーベキューしようとか言ってて。実は私のことメイド代わりにしようとしてるんだから」

「旦那さんの会社の人ですか?」
「ええ。旦那さんの同僚って言ってたかな。男性社員だから、たくさん食べるしお肉やお酒の買い出しが大変。下ごしらえもあるし、他に料理も作らないとって」

「それ、行かないでもらえませんか」
「え?」

「絵里子さん、それ行かないで」
「どうして?」
絵里子さんは不思議そうに繰り返した。

「いや、どうしても。美樹さんのご主人の会社の男性社員が何人か来るんでしょ?」
「ええ、多分7~8人かしらね」

「あなたを男の前に出したくないんだ」
自然に口から出た。

「えっ?」
「絵里子さん、聞いてますか?行かないでね」

「……ちょっと驚きました。
はい。じゃ、行きません。でも、代わりに山口さんが私の料理を食べてくれます?」
ふっと笑った。吐息のような笑い声がスマートフォンから聞こえた。

胸が切ない。声を聞いたら会いたくなる。

「ぜひ、お願いします」
「よかった。ふふっ。何が食べたいですか?」

「いつも祐也がうらやましかったんですよね。トレーニングの度に『今日の夕飯何?』って聞いたりして」
「え?知らなかったわ。そうだったの。だったら早く夕飯にご招待すればよかったわね」

「あ、そういえば、今祐也は?」
「鈴木先生のお宅で勉強を教わってます」

「鈴木に?」
「いえ、凌くんの弟の隼くん。」