「俺は大学進学と同時に家を出ていたんだけど、たまたま帰ってきた時に、マンションの前で言い争いしてる笹崎の親族と絵里子を見たんだ」
鈴木は手を強く握りしめる。

「『次は長男をだまして結婚するつもりか』って聞こえたよ。殴ろうかと掴みかかったら、絵里子に全力で止められた。『殴るなら自分でやる』ってさ。笑えるだろ。絵里子ってそんなやつ」
ククッと笑う。

「絵里子さ、病院辞めて企業の中で産業ナースしてるんだけど、その企業って笹崎の本社なんだ。絵里子が笹崎の会社に入ったってことはこれも何か裏があるんだ。聞いても何も教えてくれないけどな」
はぁーと大きく息を吐いて床を見つめる。
見つめているのは床じゃない、階下の絵里子さんか。

「絵里子と祐也が心配で俺も実家に戻ってきた。今日は留守にしているけど、俺の弟はほとんど絵里子のとこに住んでるよ。もともとウチで絵里子の自宅の鍵を持っている。まぁ、こっちもあっちも家族全員どっちの家も出入りが自由なんだ。最近は俺のキーホルダーには絵里子の自宅のカギが付けっ放しだよ」

絵里子さんの抱える事情と絵里子さんと祐也を深く思いやる鈴木の気持ちを聞いて声が出なかった。

「山口さん、戦意喪失ですか?」
鈴木が口角を上げ笑顔を作る。目は笑っていない。

黙っていると強い調子で言われた。

「絵里子を笹崎のかごから出すには力がある男と結婚するのが1番ですよ。
あと2年か3年待たせてしまうけれど、俺は確実に力を付けます。絵里子は俺と結婚して笹崎から解放される。どうです?山口さんにはその力や覚悟がありますか?」

「俺には無理だって言いたいのか?諦めろってことか?」
拳をギュッと握り締めた。

「どう受け止めるかは個人の自由です」
今度はニヤリと笑った。

「でも、絵里子は山口さんのことを他の男と違う特別待遇にしてるみたいだから。まぁ、俺が待たせている間淋しくないように絵里子と遊んでやって下さいよ」

「はぁ?」
ムカついて鈴木を睨む。

ふんっと鼻で笑う。
「じゃ、山口さんも取りに来ればいい。マジで絵里子が欲しいなら。じゃなかったら、遊びのオトコで我慢しろ」

目を細めて俺をにらみつけながら、強い口調で詰め寄られる。
「その覚悟があんたにあるのか?」

「俺だって本気で取りに行くに決まってるだろ!」
思わず叫んだ。

「はい、じゃ、そういうことでよろしくお願いします」
険しい表情を一転させて、鈴木はにこやかに握手を求めてきた。
うん?どういうことだ。

もしかして、何かの冗談か?俺ははめられたのか?
鈴木の清々しい笑顔に呆然とする。

「いいですか。約束ですよ。絵里子を守る男になるって。必ず絵里子を守って下さいよ。冗談じゃないですから」

「鈴木、お前……」

「任せられないって判断したら絵里子は返してもらいますからね」
笑顔から一転、真剣な目で俺を見る。

「絵里子さんは誰にも渡さないよ」
鈴木の目を真っ直ぐ見返した。
絵里子さんは俺が守る。