「返事をもらってないってことか?」

「まだ少し先の話ですし。でも、今のあいつを理解して助けてやれるのは俺だけだと思ってますから。断られませんよ」
ふっと笑う。

「助けるってのはどういう意味?」

「やっぱり、絵里子から何にも聞いてないんですね」

「何を」
少しイライラする。

「絵里子の事情ですよ。絵里子は笹崎家のかごの鳥です。離婚してもあいつらから逃がしてもらえない」

絵里子さんの事情?かごの鳥?
何回か見かけた絵里子さんの涙の理由はこれ?

黙って考えこんでしまった俺を見て鈴木はため息をついた。

「現状、山口さんは俺のライバルにはなれませんけど、フェアに戦うために絵里子の事情を教えます」

そう言って話し出した。
かごの鳥の意味を。




笹崎の家は幾つもの会社を経営する古い家柄で、彼女と元ダンナが知り合ったのは彼女が勤める病院だった。

総合商社笹崎物産の会長が胆石で入院し、主治医はもともと友人だった鈴木の父親だった。

見舞いにきた会長の次男がナースの絵里子に一目ぼれして交際がはじまり、あっと言う間に結婚した。

祐也が生まれてしばらくするとダンナは笹崎の子会社の社長になり多忙を極めた。
結婚後も仕事を続けていた絵里子も正職員をやめ産休後は昼間だけのアルバイトになり、育児、家事、仕事を頑張っていた。
しかし、鈴木が気がついた時には別居していたという。

そして、しばらくして離婚。
離婚の理由は何度聞いても絵里子は教えてくれなかった。

絵里子は慰謝料や養育費を断った。養育費なしなんて、さすがにそれではいけないからということで、学費だけはダンナが無理矢理押し付けるように出しているらしい。

鈴木家と同じフロアで家族3人で暮らしていたマンションは分譲で自分たちのものだったが、広すぎるし、身分不相応だと言って絵里子は売ろうとした。
だが笹崎の両親に反対されたらしい。

仕方なくそこを賃貸として貸し出し、自分たちは今までより小さなアパートに引っ越しをしようとしたがそれも反対された。

笹崎の両親も兄も絵里子を本当の娘や妹のように可愛がっていたから祐也だけでなく絵里子も手放したくなかったらしい。

笹崎の両親は絵里子たちが実家に戻ることを懸命に阻止した。
実家とは言っても両親は亡くなり兄夫婦しかいない。

絵里子と祐也の2人が遠くに行ってしまうことを嫌がったのはうちの両親も同じだけどねと鈴木は笑った。

笹崎の父親がマンションの鈴木家の下の部屋を購入して絵里子と祐也に提供したというのだ。
絵里子は無料で住むのは嫌だと言ったが、慰謝料だとこれも押しつけた。賃貸で貸し出している家賃収入を貯蓄をしつつ将来的に祐也に使うようにと皆で説得した。

絵里子名義の不動産や会社の株も譲渡させなかった。
離婚しても旧姓に戻らせなかった。
笹崎の長男は独身で子どもがいない。将来的に笹崎を継ぐのは祐也だ。
笹崎の家は絵里子と祐也を縛って離さない。

笹崎の親族の中には絵里子と祐也の存在を気に入らない奴らもいて、2人には嫌がらせもあるらしい。

会社の株や経営権など複数にいろいろな人間の思惑が絡んで今や見過ごす事が出来なくなってきたという。

祐也は小学生の頃に誘拐されかかったこともあるらしいというのだから驚きだ。
だから、中学生になってもトレーニングジムの送迎をしてもらっているのか。