「山口さん、絵里ちゃんって黙って立ってるとキレイだし、上品そうに見えるでしょ。中身は全っ然違うからね。だまされちゃだめよ」
にやにやしながら美樹さんが言う。

「あ、ひどい!ま、どうせ私はキレイでも上品でもないけど」
と鼻筋にしわを寄せて拗ねたような表情をする。
へぇ、そんな顔もするんだな。

「はい、はい怒らない、怒らない。あ、絵里ちゃんこれ美味しかったよ」

美樹さんが枝豆のざる豆腐をスプーンですくい笹森さんの顔の前に差し出すと、そのままパクッと食べてしまい
「あ、しまった!やられた」
もぐもぐしながらふふふっと笑っている。

うわー、何だ。かわいい。
驚いて笹森さんを見つめてしまう。
自分より年上の女性をかわいいと思ったのははじめて。

「絵里ちゃんが餌付けできるのみんなにばれちゃったねー。でも、これ以上はさすがに祐也に怒られるかな」
美樹さんが笑う。

「やめてよ、もうっ!」

「絵里ちゃん、美味しいもの大好きだから釣れるよね」

「いつもじゃないわよ」

美樹さんは面白がっている。
笹森さんは少し顔を赤くして恥ずかしそうだ。
でも、このざる豆腐は本当に美味しかったのよとか、さっきのクリームチーズの方が塩加減がよくてとか料理の話をしはじめて止まらない。

隣の鈴木の視線も笹森さんに釘付けになってる。
幸いなことに餌付けシーンを目撃した男は自分の他には柴田と鈴木だけ。
木田と井出は気が付かず他の女性達と話していた。
ヤツらにまで見られなくてよかったとほっとした。

それにしてもいつもの印象と違った笹森さんを見るのは新鮮だ。
お酒のせいなのか、もともと明るく楽しい女性なのか。

どちらの彼女も魅力的だ。

その後も和気あいあいとお酒はすすみ、女性達みんなが笹森さんを『絵里ちゃん』『絵里子先輩』と名前で呼ぶのでいつの間にか男達も自然に『絵里子さん』と呼ぶようになっていた。

絵里子さんもそれでも構わないと言ってくれたし。

お酒の力は素晴らしい。
自分も夢だった『絵里子さん』名前呼びのデビュー。
思わずにやけてしまいそう。


「山口さんも柴田さんも筋トレが趣味でトレーナーになったの?とかって聞かれたりする?」
美樹さんが興味津々で聞いてくる。
「まぁ、よく言われますよね」ははっと笑って返す。

「だよねー」

「趣味じゃなくて。鍛えられた身体でいるのは必然というか。まぁ、趣味の奴も結構いるけど、それだけじゃ仕事としてやっていけないし。」

「わかるー。私さ、この間飲み会でほかの職種の人から『注射したり採血したり人に針を刺すのって楽しいですか?気持ちいいですか?そういう趣味とか?』って言われて。はぁ?こいつバカなのかしらって思ったわ」
それ以上気持ち悪いこと言われたらビールかけてたかもって笑った。

「で、ちなみに趣味は?」
美樹さんがついでのように聞いてくる。

「ドライブとか好きですよ」
「あら、絵里ちゃんと一緒」

え、そうなのか。

「絵里ちゃんも車好きだよね。スポーツカーっていうの?何か車高低めの4人乗りなのに、ドアが2枚しかなくて、これ2人しか乗れないんじゃないの?って車に乗ってる。よく夜中にひとりでドライブとか行っちゃうって言ってるし」

美樹さんが言うのを恥ずかしそうに頷く絵里子さん。

「絵里子さん、何の車に乗っているんですか?」
もしかして、と思った。

それは国産のスポーツクーペだった。そして青いカラーだと言う。

胸が大きくドキンとした。
間違いない!
あの夜出会った綺麗な女性は絵里子さん。
どこかで見たことがあると思ったのは間違いなかった。
なぜ気が付かなかったんだろう。
青いスポーツクーペの女性。

あれは絵里子さんだった。