風間さんを初めて見たのは、上京してきた両親を送ってきたときだった。







私が働く現場を視察するのだと言っていた上京前の台詞は何処へ散ったのか、都内を観光で歩き回った両親は疲労により一刻も早くホテルの部屋に帰りたがった夜のこと。


「いいじゃない。泊まるところがあなたの職場なんだし」


「私の職場はホテルの中のカフェバー。……宿泊なんて、贅沢すぎて私したことないんだから」


ならば、これから入るシフト後見学に来たらいい。などと続ける母の後ろにいる父――の後方の状況に、私は唐突に目を奪われた。


母に文句を言う口を忘れ、目を奪われる。


そこにあったのは、恋人同士の別れの場面。男の人は、その頬を一発叩かれていて。


恋人同士だった男女はどちらも、地味顔の私なんかとは比べ物にならないくらい、母がもし例えたならばシュッとした二人だった。


女の人の去るヒール音が響いた後、ラグジュアリーなホテルの前で捨てられた男の人は、泣きそうで、けれど泣いてはいなかった。公衆の面前ではそれもそうか。


ただただ、仕方ないと自らに言い聞かせるように、男の人は眉間の皺を濃く刻んでいた。きつく結んだ唇からは血が滲みそう。苦しげな表情しか乗せていないその顔は、けれども綺麗だと、見惚れた。


「穂香?」


「っ」


目の前の両親に意識を引き戻され、私は何故か名残惜しく感じてしまっていたそこから離れ、宿泊の手続きに向かった。