「すみません、遅れましたー。」



僕しか居ない静かな教室、そんな声だけが聞こえる。



「あれ。一人しか居ないの?教室描く人って意外と少ないんだ。」



この人は何で知っているのだろうか。
昨日言ったわけでもないのに。



「なんで分かるんですか。」



「さっき秋先輩から聞いたんだよ。」



そういう事か、
そう言えばあの人は廊下の窓の外から見る景色を描くって言ってたんだっけ。
だからか。



「ねえ。…君、彼女とか居るの?…暇?」



いきなり何なんだ。
遅れてきた上に、そんな事。



「いないし、暇ですけど…。」



小さな声でぽつりと答える。
するとその人は、また訳の分からないことを言い出した。



「暇なら練習に付き合ってよ、恋のさ」



本当にこの人は分からない。何がしたいんだろうか。
暫く理解出来なかったけど、僕には悪い考えが浮かんだ。



この先輩と付き合っている振りをすれば。あの先輩だって、
僕を好きになってくれるんじゃないかな、何て。



「良いですよ。」



僕が笑顔で答えたら先輩は驚いていた。
自分で言っておいて、何なんだ。



「それじゃ、偽恋人って事でいいよね。皆には隠して。
それで…ねえ、名前は?」



今度は僕がまたその言葉に驚かされた。
この先輩、人の名前も知らずにそんな事を言いだしたのか。
もう驚き通り越して呆れる。



「はい…ってはあ?知らなかったんですか。…木下。木下倉ですよ。」



僕が答えたら、先輩は名乗り出した。



「私はね、まき「温先輩。槙乃温先輩でしょ?」何で分かるの?」



当たり前だ。同じ部活の先輩で、毎回遅刻もして来るから。
わからないわけが無い。



それに対して、また驚いてるから少しだけ面白い。



「…さぁね?」



適当に誤魔化してから、僕は空を描こうと、グラウンドへ向かった。