悪役ヒロインは恋してる


「二人三脚に参加する方、待機所へ集まってくださいーーーー」

体育委員が呼びかけている。

さあ、本番がやってきた。

悩んではいられない。

切り替えないと。

……せめて、切り替えたつもりにならないと。

待機所へ行くと、直ぐに係の誘導を受け、トラックの前に並ぶことになった。

私達は第一走者だ。

白線の前にふたり、伶音くんと並ぶ。

慣れ親しんだ彼の隣。

私の居場所。

「俺達の二週間の特訓の成果、全校生徒に見せてやろう」

二人の脚を紐で結びながら、伶音くんは噛み締めるように言った。

その言葉はまるで、彼自身へ向けられているかの様に響いた。

「位置について」

係の合図で構える。

いつも通り、ふたりは繋がっている。

それなのに、ふたりをつなぐ紐など無いように、目指す方向が違っているかのように、心も体も冷えきっていた。

いつもの高揚感、いつもの熱。

必要なものをどこかに置いてきてしまっていた。

伶音くんと市川夏芽の二人三脚を眺めていた、あの応援席に。

パァン!

空砲がなる。

白線に並んだ全員が一斉に飛び出した。

私以外の全員が。

空気を揺らす衝撃は、私の身体をすり抜けてゆく。

「わ!?」

動かない私の為にバランスを崩し、伶音くんがたたらを踏んだ。

一瞬遅れて、私もようやく現実を認識する。

この数瞬の出来事が全て幻だったかのよう。

「あ……!」

一気に血の気が引く。

慌てて一歩踏み出そうとする私を伶音くんが制した。

「柚姫、落ち着いて。真ん中から行くよ。はい、いち、にーーーー」

早口で彼が唱えた。

その声に合わせて、二人の脚を動かす。

いつもより体が重い気がした。

思うように脚が動かせない。

いち、に、いち、に。

ほかの走者は数メートル前を走っている。

少しずつ、彼らの背中が近づく。

焦るように、伶音君の声がテンポを速めた。

ちらりとその顔を見上げると、彼は歯を食いしばって玉のような汗をかいていた。