蝶の様に儚く、蜘蛛の様に冷たく

「それで茜」
「ん?なぁに?」
「……一体何処に向かってるんだ?」
「うふふ。秘密」

おおよそ市街地に向かうとは思えない道を車で走ること30分。
ここが何処か全く分からない。
ナビは電源が切られているし、携帯は圏外である。

「…茜。いい加減ここが何処か教えろ」
「えぇ、サプライズは盛大な方が良くない?」
「サプライズ……」

嫌な予感がする。
邪魔な人間を殺すのにはこういう人気の無い場所が良いと言うのは有名だ。一般人でも分かる。

「大丈夫。蒼音を殺すなんて事は無いから。まぁ、裏切ったら別だけどね」

またか。
本当にこの人は心が読めるのでは?と思ってしまう。

「そうか……。ちょっと疑ったぞ?」
「知ってる。蒼音分かりやすいからね」
「なっ!分かりやすいって何だ!」
「そのまんまの意味だよ?」
「……ぐぅ」

ぐぅの音も出ないのは悔しいので、一応ぐぅと言ってみる。勿論、特に意味は無い。

「…よし。着いたよ」

ぼうっとしていたらいつの間にか目的地に着いていたらしい。
自然の多い道を進んでいたからか、人工物がやけに異質なものに見える。この建物は教会だろうか。

「ここは……?」
「私が懺悔する場所」
「というと?」
「嘘だよ。私は懺悔なんかしないし、何より神様とやらを信じてない。赦しなんて、乞わない」
「……」

誰かに赦される事の無い世界にいる私達共通の認識だ。
どんなに泣き喚いても、どんなに赦しを乞おうとしても、誰も赦してなんてくれないから。

「それで?ここは何なんだ?教会とか?」
「うん。当り。うちの組織の人間が眠ってる墓があるんだよ。……まぁ、何十人かは死体が見付かってないんだけどね」
「…そうか」
「裏切った人間も、元マフィアの人間も居る。ここは寂しい人間の集まる場所なんだ」
「裏切った人間も居るのか?」
「うん。首領が言うには、裏切った人間でも多少は功績を残しているからだと」
「損害は無視、か」
「うん。人殺しばかりしてるから損害が無い方がおかしいから、だと」
「なんと言うか……」
「うん。甘いよ。でも、それ位の方が良い。裏切り者に情があった人間だって居たろうし、全く知らない場所に棄てられるよりは死んだ奴もまだいいんじゃないかな」

サクサクと土の上を歩いてゆく。
何度も来たことがあるようだ。


不意に目の前を歩いていた茜が立ち止まった。
墓標に向き直る。

「此処だよ。君を連れて来たかったのは」
「…此処は」
「うん。私の師であり――君の師である漣さんの墓だ」
「…え?」

何故。
何故彼女は知っているのだろう。
彼の事は一度たりとも話していないのに。

「なん、で」
「よく手紙に出てきてたんだ」
「手紙……?」
「そ。手紙。漣さんが何時も本と一緒に送って来た手紙に君の事が書いてあったんだ。屹度あの人の事だから私の事も君に話していたんじゃない?」
「うん。……よく聞いてたよ。私と歳の同じ弟子が居るって」
「そっか……」
「あの人がスパイだって事は私と漣さんの間での秘密だった。最初は冗談だって思っていた。だけど、それが本当だってあの人がスパイとして捕まってから分かった」
「……それで、漣さんはどうなったの?」
「肉体的には生きてる」
「じゃあ!!」
「ただ」

希望に輝いた顔をまた絶望に突き落とすような気がして口が動かない。
でも、彼女は知るべきだ、と顔を上げる。

「ただ、記憶を無くして精神まで壊れてしまっている。私の事も忘れてしまった。今は唯の殺戮マシンと化している」
「そ、んな」

ほら。
やっぱり言うべきでなかった。
哀し気に瞳が揺れる。グッと何かを抑え込むような顔をしている。
罪悪感が全身を駆け巡った。

「噓だ。じゃあ、じゃあ、何で私の誕生日が近づくとあの本達が送られてくるの?」
「……あの人には記憶を無くしても尚続けている事があった」
「……え?」
「茜。誕生日は今月であってるか?」
「うん。そうだけどそれが一体…?」

やっと繋がった。
私は昔から不思議だったことがある。

「そうか……。この時期になると何時も何冊かの本を買ってきて誰かに贈っていたんだ。これは私の推測だが、君は漣さんと何か約束をしていたのでは?」
「……うん。約束してた。生きてる限り私に物語を届けて欲しいって。どんな内容でも良い。子供向けでも何でも良いから、って」
「きっとそれだな。……あの人はきっとその約束だけは忘れなかったんだ。だから守り続けた。どんなに心が消えても、君の事を忘れても」
「……」
「これが私の知っていることと私の推測だ。もし、あの人を救いたいなら、私の組織を潰せば――」
「……な事……ない」
「え?」

何かを呟くのが聞こえた。

「そんな事できる訳が無い!誰かの大切なモノを、想い出が残った場所を潰すなんて私には…!」
「茜」

私を見つめながら泣き叫ぶ茜の頬に手を当てた。
なんて美しいのだろう、と思った。
彼女はこの真っ暗な闇の世界に向いているようで、本当は―――

「マフィア幹部がそれを言うのか?」
「っ!?」
「君は身内に甘すぎるって。私にはあそこでの明るい思い出なんて殆どないんだ」
「そ、それでも!」
「それでも少しは明るい思い出だってあるだろう?って言いたいの?」
「……うん」
「……君、本当に優しいよね」
「え……?」

彼女の首筋に静かに刃を当てた。
細い血管を切ったからか、紅い血が刃を伝って零れていく。
引き剝がされないように確りと捕まえておく。

「あ、おね…?」
「ふふ、君の優しさはいつか自分を滅ぼすよ。こうやって、誰かに殺されそうになるかも知れない」
「蒼音…っ」

切なげな声で、私を呼ぶ。
涙に濡れた顔は私を見上げている。

私は、ふっと笑って離れた。

「なーんてね。君、警戒心の欠片も無いんだもん。これ位の警告はしてあげようと思ってね」
「なん、だ…。焦った…」

力が抜けたかの様に座り込んでしまった茜を見下ろす。
私もしゃがんで目線を合わせて言った。

「大丈夫だ。私は君を裏切るつもりはない」
「……もし裏切ったら、私が殺すけど…ね」
「君に身内を殺せるのか?」
「う、煩い!……身内位、殺せるから」
「ふぅーん?」
「……信じてないな?」
「まぁまぁ」

適当に宥めておく。
多分怒らせたら面倒だ。

「もう!蒼音!行くよ!」
「はいはい」

彼女の何時もの冷静な仮面は剥がれた。
きっと、ただの強がりなんだと思う。
まぁ、こんな事言ったら殴られそうだけど。