ビクンと肩を上げたまま、そこに縫いとめられたかのように私は動けなくなってしまう。

彼がソファから立ち上がる気配。
足音がゆったりと近づいて、私の背後でピタと止まった。


「君が来たばかりの頃から、ずっと言い続けてる筈だよ?
人の話は終わりまで、顔を上げて聞きなさい、と。」

「あ…」

彼は私の肩に手を掛けて、丁寧に振り向かせた。

慈しむような笑み。

年を重ねた目頭の下の皺は、瞳の冷色を柔らかく見せた。

「無知でそそっかしいくせに、生意気な田舎の娘。
来栖が君を僕に付けた時は、鬱陶しく思ったものだ。
『どうせ続かないのにな』って。
それが、気がつけばもう13年も一緒にいる」

「…………」

言われたとおりに、
私はじっと彼を見据えた。

「5年もたった頃だろうか。
妻との関係が冷えきっていくなかで、元々快活な君が、賢さと淑やかさ身に付けて……

美しく変身していくのを目の当たりにしながら僕は、既婚者であることを密かに呪ったよ」