髪を切られた次の日、チィの家を訪ねると叔父さんが苦笑いを浮かべてチィと出てきた。

泣き過ぎて腫れた目と、ベリーショートに切り揃えられた髪。不似合いのフリフリスカートを履いてニコリと微笑んだチィの顔は、今でも頭にこびりついている。

礼を言いたいからと登校前に家に寄ってくれた大樹と、二人でチィを迎えに行った。隣に並ぶ大樹は、チィを見て光の無い瞳を目一杯大きく広げて「綺麗。」と呟いていた。

少しは変わってるかなと期待しながら教室へ入れば、その期待が無駄になるくらいクラスはそのままだった。

二人に悪さするヤツは居なくなったけど、二人の変化に気づいたヤツもいない。

チィは一人称を"千秋"に変えて、幼子のように言葉を発する。おじさんに聞いたら、家でもそれは同じようで…子供返りしたチィは母親を求めてよく仏壇の前で眠るようになったらしい。今では普通に部屋で寝れるけど、それは「お母さんとお父さんは下にいるからね。」とおじさんが毎回伝えているからと言っていた。

毎晩おじさんは仕事で居ない。そんな時はいつも俺が一緒にいた。本人はそんなつもり無いんだろうけど、寂しさからか無意識にチィは俺の家の戸を叩くのだ。

そして、大樹は心から笑わなくなった。無邪気に笑えてた筈だった。皆と仲良くて、俺達もその一人の筈だった。だけどあれ以降大樹は俺達に、いや…チィと言う存在に依存し始めた。

チィがいればついていく。チィがすれば同じことをする。カルガモの雛のように後ろをついて回る大樹は、チィちゃんが助けてくれたと感謝した。そして、チィちゃんを助けてくれたと俺を崇めた。



ヒーローはヒーローの側にいなきゃいけない。



次第に俺達の周りには、俺達だけしかいなくなっていた。



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