「あ、あああ…。」

「まさかあの地味子がこんな成長を遂げるなんて、大人になるって怖いよなぁ。」

青ざめる私の前で、ゆっくりと距離を積める柊暮人くん。壁に追い詰められて、腕で逃げ場を塞がれれば、噂で聞く壁ドンと言うものをリアルでされてしまった。

(いや、でも壁ドンってもっとトキメク物じゃないの?これトキメキと言うか、別の意味で心臓バクバクと言うか!)

突然の再会に冷えた脳が、頑張って状況整理を行う。トラウマの原因となった彼が、目の前に居ると言う事実、それだけでここまで人はまともじゃいられなくなるのか、と自己分析をしながら現実から逃げた。

「入学した時、この頭の悪い学校で首席入学したのが爽ちゃんで良かったよ。じゃなきゃ、クラスも違う爽ちゃんに気づけなかったもんな。」

(入学生代表の挨拶が原因かあ!)

「そ、そのまま…気づかないフリ、してくれたら、良かった…のに。」

恐怖から途切れ途切れになる言葉。
ずっと見られていることに耐えきれず、ギュっと目を瞑って顔をそらした。

「嫌だよ、そんなの。…俺は、爽ちゃんに会いたかった。」

「ゎ、私は!会いたく、なかった…。」

「…優しくするから、ちゃんと目を見て話そうよ。優しい優しい爽ちゃんは、俺のお願い聞いてくれるでしょ?」

肩口に頭を置かれ、壁と背中の間に手を回される。動けない私はされるがまま、又彼の腕の中へと戻ってしまった。

思い出の中の彼と、声変わりした今の声を繋げる事はまだ難しい。でも、懐かしいラベンダーの香りが、意地悪だった彼との思い出を甦(よみがえ)らせていく。

「…暮、くん…分かったから。ちょっと離れて、」

「…嫌だ。」

「…このままじゃ、ちゃんと話もできないよ。」

昔の小さい背中を思い出して、彼の背へと腕を回す。大きくなってしまった背中は、私の腕では全て包むことは出来ないけれど、珍しく弱っている彼を包み込めたらそれだけで良いんじゃないかと思えた。

数分して、彼も落ち着いたのかそっと離れてくれた。壁に追いやられたままなのはこの際気にしないことにしよう。

(逃げ場が無いことも、もう良いでしょう…!)

嬉しそうに笑う暮くんの顔を見ると、全て許せてしまえる。小学校から変わらない笑顔、この顔に私は昔から弱かった事も今では懐かしい思い出だ。



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