「年末、校了過ぎたら旅行でも行こうか。奈央の行きたいところに、どこへでも」
玄関で靴を履きながら微笑む工藤さんに、わたしは曖昧にうなずいた。

「じゃ……おやすみ」

「おやすみなさい」

ドアノブに手をのばした工藤さんだったけど、その動きがふと止まった。
「そういえば、数秒じゃないな」


「はい?」

「いや、さっき奈央、亀井のこと、出会って数秒で告白したチャラ男、って言ってただろう?」

「あ……ええ、はい」

「あれ、数秒じゃないんだ。あいつが奈央に会ってから、出勤初日の例の告白まで、少なくとも2週間はたってる」

「2週間……?」

「あぁ。あいつが面接に来た時、時間があったから社内を案内してやったんだ。その時に、あいつ、お前を指して俺に聞いてきたんだ。『あの人も制作部ですか』ってな。たぶん、その時からお前に目を付けてたんだろうな」

「え……」

2週間……?
そんな話、拓巳、一度もしてくれなかったよね?

拓巳、わたしのこと知ってたの?
どうしてそのこと、黙ってるの?


浮かんだ疑問は、抜けない棘のように、小さく私の心をひっかいた。