「学校から帰るとね、お母さんが家の中に見当たらないのよ。探し回って……そして、バスルームで見つけた。手首切って、倒れてた」
拓巳の目が、大きく開く。
「血が、お母さんの手首から流れててね。ピチャン、ピチャンて、白いタイルの上に垂れていて。真っ赤な血が、広がっていて。わたし、動けなかった。何が起こってるのかわからなくて、どうしたらいいのかわからなくて、頭真っ白で。声も出なかった。ねえ、わかる? どうしてお母さんがそんなことしたか。わかるでしょ?」
ゆるゆると、わたしを捕える手から力が抜けていく。
「せっかく……せっかく忘れられたと、思ったのに……もう、大丈夫だって、思ったのに……なんでっ……」
わたしは唇をギュッと噛んで、そして開いた。
「許さないから……あなたも、あなたの母親も、絶対許さないからっ!!」
わたしは拓巳を押しのけて、会議室を飛び出した。
許さない。許さない。
許しちゃいけない。
怖かった。
呪文のように唱えていないと、あの瞳から目をそらせなくなりそうで。
引きずり込まれてしまいそうで。
あの、一緒に迎えた朝を、思い出してしまいそうで……。