「…………………しません」



たっぷり10秒くらいあと、苦いため息とともにこぼれた言葉に、わたしはホッと息をはいて。
「うん、じゃ、決まり。あ、お茶いれるね」

キッチンに立ったわたしの後ろで、「Sかよ」って小さな声が聞こえた。


◇◇◇◇
マロマロンのマグカップへコーヒーを注ぎ、たっぷりミルクを入れて。

テーブルにカップを置くと、拓巳の表情がふわっと綻んだ。
「え……マロカップだ。しかもカフェオレだし。すっげうれしい。覚えててくれたんだ?」

拓巳があんまり喜んでくれるから、なんだかくすぐったくなってしまって、わたわたって、また立ち上がった。

あの笑顔は……劇薬だ。うん。一撃必殺、みたいな。
ひ、一晩なんて……わたし、耐えられるんだろうか……。
自分で言い出したことだけど……。

ちょっと不安になりながらクローゼットから毛布を引っ張り出していると、後ろから「そういや、奈央さん、どうして今日は店まで来てくれたの? なんかあった?」なんて聞く声がする。

あぁそうだ。
すっかり忘れてた!

わたしは「実はね」って今夜の出来事を説明し始めた。