「初めまして。
東原真蔵と申します。」

初めて会った許婚は写真とほとんど変わりなく
銀縁眼鏡で
前髪をキッチリと上げ
神経質そうな背の高い男だった。

眼鏡を外したらそんなに悪くない顔かも知れないが
円の理想とは全く違う。

円の第一印象は真面目でつまらなそうな男…であった。

「初めまして。西園寺円です。」

円は笑顔も見せずに嫌々あいさつをした。

両親同士話は弾んだが、肝心の2人はほとんど口をきかなかった。

見兼ねた真蔵の父親が真蔵と円を2人きりにした。

「じゃあ円、粗相の無いようにな。」

父親に釘を刺されたが円は真蔵に嫌われようと考えていた。

「お茶でも飲みますか?」

ようやく口を開いた真蔵に円は言った。

「まさか、本当に結婚しようとか思ってませんよね?」

真蔵は顔色1つ変えずに言った。

「なぜです?結婚はもう決まっていることでしょう?

あなたはそれを拒めるんですか?」

「は?」

円は真蔵がどうかしてるとしか思えなかった。

「あなたは好きな人とか居ないの?
いきなり知らない女と結婚なんておかしいと思いませんか?」

「私は5年前の20歳の誕生日にあなたの存在を知らされました。

その後5年で気持ちは整理しました。

あなたも気持ちの整理に少し時間がかかるのなら待ちますから
結婚はその後にしましょう。」

「あなた、私と結婚したいと思いますか?

何も知らないのに…」

「西園寺円、20歳…○○女子大学の2年生。
2つ上にお兄さんがいる。
現在はボストンに留学中。

父親は西園寺透、建設会社の社長。

母親は西園寺頼子、父親は不動産会社の重役をしていたが今はもう引退して故郷の長野で生活している。

それと犬がいるね?
18歳の誕生日にプレゼントされた犬だ。

ポメラニアンのココという名前のね。

あぁ、あとあなたのお父さんの会社はかなりの経営不振だ。

祖父にかなりの恩があるようだ。

知ってるのはこのくらいだ。他に知っておいて欲しいことは?」

円は真蔵が自分の家の事をそこまで知っていることにビックリした。

しかも自分の父親の会社が経営不振だとは全く知らなかった。

それで断れなかった父の気持ちを思った。

「つまり…私は人質ですか?」

「まさか!別に嫌なら断ればいいだけですよ。

ま、それでお父さんが困らなければいいが…

それはこっちの知ったことではありません。

あなたが決める事だ。」

円はこの結婚を断ることが出来ないと初めて知った。

それにしても真蔵はすごく冷たい男だ。

こんな男と結婚して幸せになれるのだろうかと不安になり、
結婚を断る事が出来ないと知ると絶望的な気分になった。