俺の問いに口をつぐむ相模。
このエリアは電灯が完全には配備されていないので常に薄暗く、それ故に相模の表情が全く見えない。
もっとも、相模の顔は黒髪に包まれているのだが。
相模は何も言わない。
なんなんだ、この女は。あれか、巷で言う、不思議チャンってやつか。
俺はそんな相模の態度にしびれを切らしそうになり、逆に、何故俺を可哀想だ、と言ったのか聞こうとした時。
ようやく赤い唇の隙間から、おもむろに言葉を吐き出した。
「駿河くん、今ならまだ引き返せます」
「は…?」
「確かに毒は着々と攻めてきていますが…でも、まだそれは少量、あるいは無です」
«毒»というキーワードに俺は思わず眉をひそめた。
先週、ひな乃は«毒牙»と言ってはいなかったか。
しかし、あの言いようからすると、相模自身が、毒牙を持って迫ってきてるという意味だった。
「駿河くんのそばに、着実に毒牙をちらつかせた人物が脅威を持って近付いています。今すぐにでもその人から離れて下さい」
芯の通った相模の声。
よく聞くと若干掠れていて、透き通った美しい声をしていた。
「これは忠告です。さもなければ、あなたの全てが崩壊することになります」
「ちょっと待って、相模さんの言ってることは抽象的で全然分からない」
その時、相模はナチュラルな動きで、長い長い前髪を掻きあげるという仕草をした。
そして息を呑む。
微かに差す、図書室の光が彼女の素顔を明るみに晒した。
相模 千里の周りに、青い薔薇が咲いているかのような錯覚をした。
切れ長の凛々しい目、筋の通った鼻、紅を刺したような唇。全体的に堀の深い顔立ちで、…失礼だが、どちらかというと男顔だと思った。
ただ、気になったのは血色の悪さで…、青白い肌は不健康な印象をもたらしている。
どういう意図で、相模は髪の毛に包まれていた素顔を俺に晒してみせたのか、俺に知る由はなかった。
「駿河くんに、シナリオを知る権利はありません。踏み込んでしまえば戻れなくなる。絶対に。
もう一度言いますが、これは忠告です。
あなたに関わる人全てが、危険なので離れて下さい」
圧巻の美貌が、凄みを持って俺に迫る。
必死に諭すような相模だが、黒くて深みのある瞳は虚無そのもので、一切の光を灯していないように感じられた。
「取り敢えず分かったけど…、
相模さん、«明石 ひな乃»って知ってる?」
ひな乃は愛らしい外見とその聡明さからこの学園では有名だが、相模は知っているのだろうか、知り合いなのだろうか。
相模は、俺の意図を探るように目を細める。
「知りません」
キッパリと、断言した。



