「駿河 詩暮」
教室を出てすぐ、真横から俺をフルネームで呼ぶ声が聞こえた。
気配の希薄さに、少々驚きながらも身体を向ける。
__相模 千里の方へ。
「駿河 詩暮くんですよね」
相模の目は前髪に隠れてよく見えない。けれど、俺を見上げる相模は、あの日のような、虚ろな視線を向けている。そんな気がした。
ふわりと漂う、その甘くてどこか爽やかな香り。
前もこんなことがあった気がする…、デジャヴってヤツか。
おぼろげな記憶が脳裏を掠める。
あの時も2度俺の名前を呼んだ。誰が__?
あの時もこんな香りがした。知ってる香りだ。
「__ひな乃……?」
ふとこぼれた彼女の名前。相模は毫も動さなかった。こんなに至近距離に居るのに恐らくだが、何も聞こえなかったようだ。
「駿河くん、お時間よろしいでしょうか」
__『その女は死神です』
再び蘇る、ひな乃の言葉。牽制。
俺は、それを振り払うように深く頷いた。
相模が颯爽と歩き出したので、後に続き、連れて来られてきたのは__4階の、図書室だった。
我が清條院学園の図書室は、都内の私立高校の中でも有数の蔵書数を誇り、公立の図書館のようにエリア分けがされていて広々としている。
ひな乃が占拠しているあの物置部屋の本は、実はこの図書室に置ききれなくなった古いものである。
「ここなら…見つかることないでしょう」
相模は周囲を警戒してか、あちこち見回してから薄暗いため人が滅多に来ない、卒業アルバムや古めかしい蔵書の並ぶコーナーの床へと腰掛けた。
棚にはやたら大きくて色褪せた本が並んでいて、『銀河全集』、『考古学の起源を辿る』などと物好きが読みそうなタイトルが連ねている。
図書室特有の、本の匂いが鼻をくすぐる。
この図書室にはふたつドアがあり、司書さんの居る側の入り口ではない方のドアから入った。
昼休みは昼食を摂る貴重な時間が含まれているので、軽く確認したところこの位置から見える限り、司書さん以外に人は居なかった。 多分、俺達が入室したことは誰にもばれていない。
念には念を…とは言うが、相模は棚から分厚い『銀河全集』を取り出し、ドアの隙間に挟んで簡単には開けられないようにした。
そんなに俺と居るところを見られては困るのだろうか。
「ここ、腰掛けてくれますか」
相模は人の多く集まるコーナーや完備されたテーブルなどから死角になるように、本棚にピタリと背をつけ体育座りした。
「…相模さん、用はなに?」
俺は隣に座るやいなや、単刀直入に尋ねた。



