ひな乃を見送り、自らも教室へ行く。無人の教室へ。
鞄を置いて、することもないので廊下に出る。
壁には間隔的に絵画が飾られている。誰もが見たことのあるような著名なもののコピー画が多いが、入賞した生徒作品なども掛けられている。
職員室の目の前には副校長の描いたものもある。
廊下はずっと先まで閑静で、なんだか唐突に叫んで、声を響かせたくなる。こんな静かな廊下に叫喚したらどれだけ気持ち良いだろうか、と思ったが当然そんなことはしなかった。
「ここって…」
2-Cと表記されたプレートが掛かる教室。それは俺のA組から見ると、2-Bを挟んで隣の隣のクラス。
そして、相模 千里の所属する教室である。
閉じられた引き戸から教室を除くと、朝練の生徒のものか、ショルダーバッグが机に無造作に置かれている。
相模の姿は無かった。それどころか、誰一人として居ない。
期待はしていなかった。帰宅部らしい彼女が朝早くから学校に来ている方がおかしいし、偶然居る可能性なんてほぼゼロである。
偶然とか、そんなムシの良い話があったら、聞いてみたいものだ。
俺は2-cから離れ、上の階への階段を登った。
さっき別れたひな乃なら暇潰しに話でもしてくれるだろうと思い。
しかし、ひな乃のクラス、1-Aには人は居なかった。トイレか何かかと思ったが、ひな乃の机には鞄が掛けられていない。
教室に来ていない、または鞄を持ち歩いてどこかへ行ったということになる。
本来、他学年の階層にいるのを教師に見られたら良い顔をされず、むしろ注意されるので、そそくさと1年生の4階を後にする。
校舎は、2階が3年、3階が2年、4階が3年という構造になっている。
ひな乃が教室にいないとなると、あそこしか思い当たらない。
俺は1階へと下りる。
狐色のドアの目の前に立つと、まず、周囲に人がいないか伺う。そしておもむろにポケットから鍵を取り出して、ドアノブの鍵穴に挿し、回す。
「ひな乃」
そう呼び掛けながらドアを引いたが、そこにもひな乃の姿はなかった。多数の古びた蔵書が囲うふたつの対面したソファと、その間にある漆塗りのテーブル。
奥手にはカウンター風の台と戸棚が。
そんな教室を、窓から入り込んでいる朝焼けが照らし、キラキラと埃を可視させる。
その静寂に、虚しい気持ちが広がった。
今度こそひな乃を諦めた俺は、大人しく教室へ戻り、読書して時間を潰すことにした。
こんなに暇なら、次から早く学校には来ない。と、密かに誓った俺であった。



