パンドラと恋慕





 抱きついている浅井さんの頭越しに見える、つまり、俺らのいる歩道とは反対側にある外灯の下に立つ少年__。


 その少年は灯りに照らされ、黒髪が艶々としていた。黒いブレザーを身につけていて、ワイシャツは第一ボタンまでとめられている。清潔な印象だ。

何より彼は綺麗な顔立ちをしていた。しかしまだ少しあどけなさが仄かに残っている。中学生くらいか。

 そしてその彼は、明らかにこちらへ視線を浴びせていた。


「誰……」


 俺は、ひな乃の地雷を踏んだ時みたいに身体の芯から末端まで凍えたようになった。

 蚊の鳴くような声しか出ず情けない。どうしてだ。どうして畏怖しなければならない。

 浅井さんは嗚咽したままで少年の存在に気付いていない様子。どうかそのまま、気付かないでくれと思った。


 俺は、金縛りにあったみたいに、少年と視線を交わす。


 __恐ろしかった。少年は、俺を見て実に穏やかに微笑んでいたのだ!!

 男の俺でさえ見入るような、華やかな笑み。彼の周りに、薔薇が咲いたように錯覚した。

 どうして笑っている。誰なんだ。



 少年はほんとうに満足そうに微笑み、まるでドラマや映画のワンシーンのように、まばたきするよりも長く、目を瞑った。そうして自然な足取りで、軽やかに去って行く。



 俺と浅井さんが先ほどまでいた__氏家さんの邸宅へと繋がる、坂道の方へ。






 ひとしきり泣いた後、立ち上がり何となく気まずい雰囲気のまま駅までの道のりを歩く。

 浅井さんはやはり浮かない顔をしていた。兎みたいに目を真っ赤に腫らし、充血させ、ふとした瞬間に泣きそうになる。
俺のブレザーを上から羽織ったまま、放心状態で隣を歩いている。

 何度も道端にある掲示板や電柱、ポールにぶつかりそうになるので、その度に浅井さんの腕を引いた。そしてハッとした顔で俺を見上げるから、ハラハラした。

 この様子ではひとりで家に帰らせることはできないので、駅に着いてから、その旨を、以前茫然とする浅井さんに伝えた。


「迷惑かけて、ごめんなさい。でも、大丈夫です、ひとりで…」


「浅井さん。別に俺迷惑だなんて思ってないし、何より今の浅井さんのことが心配だから」


 俺の言葉に俯く浅井さん。数秒間黙り、顔を下げたまま、

「お願いします」

 か細い声でそう言った。